彼女の最も悲しい記憶に飛び込む勇気。

「……ごめんなさい、宝物殿の隠し部屋に連れこむなんて真似までして。私は宣人くんにまず謝らなければならないの。オリザさんのすべてを直接あなたに話すなんて嘘をついてしまったことを……」


 宝物殿に隠されていた秘密の小部屋。その狭い室内の壁に押しつけられたままの格好で僕は彼女から抱きすくめられるしかなかった。


 万代橋奈夢子ばんだいばしなむこさんが僕に嘘をついていただって!? 耳元に流れこんでくる彼女のささやく声に驚きを隠せなかった。


宣人せんとくんに面とむかって真実を告げる勇気がどうしても出なかったの。こんな弱い私をどうか許して欲しい……」


 首すじにまわされた奈夢子さんの腕に力が込められる。その強さが彼女の抱え込んだ苦悩を物語っていた。


 ……奈夢子さんの身体が震えているのか!? 


 これまで奈夢子さんに対して感じていた印象は、お嬢様女子校の才色兼備な生徒会長にして有名神社の跡取り。そんな恵まれた星のもとに生まれた女性だと思っていた。でもそれは僕の勝手な勘違いじゃないのか……。


「……奈夢子さん、あなたはオリザの秘密を僕に記憶としてせるつもりですね」


「……本当にごめんなさい」


 短い謝罪の言葉が彼女の答えだ。僕は相手の意図を理解した。意を決して次の行動に出る。こちらの肩に顔を埋める奈夢子さんの身体を引き寄せた。


「……ええっ、宣人くん!?」


 急に僕から抱きしめられた彼女の身体から反対に動揺が伝わってくる。先ほどまでの震えが収まったみたいだ。


「僕は奈夢子さんのことを勝手に勘違いしていました」


「私のことを勝手に勘違いって?」


「美人で頭もいい。その上、決断力も早い。すべてドライに判断して自分の信念を曲げない。オリザについて僕に語るときも感情を表に出さず淡々としていました。でもそれはあなたの本心じゃなかった。違いますか奈夢子さん……」


「本当に宣人くんは私の心の中を見透かしていたみたいね。あなたの能力が他人のもっとも悲しい記憶にしか使えないなんて嘘みたいだわ」


「自分には奈夢子さんや妹の天音あまねみたいなの能力はすべて備わっていません。だけどあなたに言われたとおり、もしもこの能力がオリザを救えるのなら躊躇はしません。どんな呪いが彼女に掛けられていても僕が打ち破って見せます」


 僕はオリザの運命を受け入れる決意をした。そこにどんな悲しい結末が待っていようと……。


「……宣人くん、ありがとう。その言葉を待っていたの。妹を救えるのはやっぱりあなたしかいない!!」


「奈夢子さん、記憶を全部僕に視せてください。そこに解決の糸口が絶対にあるはずです」


 僕たちはお互いの身体を強く抱きしめあった。彼女の記憶が勢いよく流れ込む。同時に偏頭痛に似た感覚に襲われ、思わず固く目を閉じてしまった。真っ暗な視界の向こう側に輝きを放った球体スフィアが浮かび上がる。


 あれが奈夢子さんのもっとも悲しい記憶の入れ物なのか……。巨大に膨れ上がった表面がまるで沸騰しているみたいに見える。この中にダイブしたらはたして僕は無事に戻ってこれるだろうか? 


 そんな弱気は捨てろ。ごちゃごちゃ考える前に行動するんだ!! 


 僕は勢いよく球体スフィアにむかってダイブした。白い泡に包まれて一瞬で視界が遮られる。目に見えない巨人の手にがっしりと捕まれたみたいに勢いよく身体が引き込まれる。上下の感覚はないが中心に落ちていく確信があった。


 僕がこれまで経験した記憶の見え方では最大深度か!? 違う!! それ以上の深さだ。レベルファイブを遙かに越えた先に視えてきた光景。そこは驚くことに見覚えのある場所だった。


「……オリザ!? その隣にいる女性はいったい誰だ!!」


 ここは鎮守様おちかんさまの森じゃないか!? 君更津南きみさらずみなみ女子校の制服を着たオリザがまず最初に目に入った。さし向かいに佇むもうひとりの女性は……。


「奈夢子さんがこれまで体験したもっとも悲しい記憶の中に僕は入り込んだはずだ。どうして彼女がオリザと一緒にいる光景を真っ先に視るはめになるんだ!?」


 球体の内側では傍観者でしかない僕の目の前で、彼女が体験した悲しみの記憶がゆっくりと再生される。


『奈夢子お姉さん、これでもうお別れね……』


『オリザさん、そんなに寂しい言葉を私の前で口にしないで!!』


 その光景はこれまで自分が能力を発動させて視た中で、もっとも悲しい姉妹の会話が繰り広げられていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る