深い悲しみにくれるあなたを抱きしめるのはルール違反じゃないのか?

 宝物殿の奥に隠された秘密の小部屋は実際に存在するのか!?


 一般公開用の絢爛けんらん豪華な宝物殿とはうって変わり、小部屋の入り口は巧妙にカモフラージュされていた。一見何も存在しない壁に奈夢子さんが片手をかざすと、カチリと壁の内部で機械音がした後に隠されていた扉が開いた。


「君去らず、その面影を待ちわびて涙も枯れにけり……」


 衝撃の事実だ。思わず小部屋に通じる扉の前で立ちすくんでいた僕の耳に万代橋奈夢子ばんだいばしなむこの鈴の音を鳴らすような声が届いた。


「そのうたの一節は!? 君去らずの伝承……!!」


「そうよ宣人せんとくん、以前会ったときにあなたに話した内容を覚えているかしら? 君去らずの伝承のお話には削除された部分があることを……」


「はい、たしか門外不出の古文書が存在すると奈夢子さんは僕に教えてくれましたよね」


久里留くりる神社の境内に建てられた記念碑に記されている詩は表向きで、神社の宝物殿の奥に隠されている古文書には本来の記述があるの」


 鎮守様おちかんさまの森に建つ彼女の家で僕はその話を確かに聞いた。だけどあまりの情報量の多さに圧倒され肝心の部分を忘れてしまうなんて……。


「あの日の僕は、悲しき異能力者の真実にばかり気を取られていました。そしてオリザがあなたにとって腹違いの妹だと告げられて何がなんだか頭が混乱してしまって……」


「宣人くんが混乱するのも仕方がないわ。私だって理解するまでにかなりの時間が必要だったから」


 万代橋と犬上いぬがみ。両家は古来からこの辺りの神事を司るいわば守人の役目にあたる。そんな両家は元々ひとつだった。奈夢子さんとオリザ。姉妹の関係性であるばずのふたりが別々に暮らしている理由にも深く関係している。


「奈夢子さん、あなたは僕に備わっている能力が神様から与えられた意味を考えて欲しいと言いましたよね。もしかしてそれはオリザが記憶を失ったことと何か密接な関係があるんじゃないんですか?」


「……宣人くんは次第に勘が鋭くなるのね。ふふっ、まるで君去らずの伝承に登場する主人公の想い人みたい。あなたとオリザさんは時を越えた恋人さながらじゃないのかしら」


 僕を見つめる奈夢子さんの瞳に深い悲しみの色が浮かんだ。彼女の言う物語の想い人って娘の幼なじみの男性のことなのか? 君去らずの伝承では娘に横恋慕した当時の権力者の策略にはまり自殺に追い込まれた人物だ。


 ――だけど男性はあくまでも物語の中だけの登場人物じゃないのか?


「宣人くんどうかしたの、もっと私のそばに来てもいいのよ。何だかとても緊張して身体を強ばらせている様子に見えるけど……」


「いまの奈夢子さんはとても悲しそうに見えます……」


「私が悲しそうに見えるの? そんな顔をしているつもりはないのだけれど」


「すいません、陰キャの僕には悲しみにくれている年上の女性に対して、どんな声を掛けたら良いのか見当もつかないんです」


「宣人くんはとても優しいのね。オリザさんがあなたに惹かれた理由が今になってよくわかるわ」


 ……オリザが僕に惹かれた理由わけ分かるとは!? いったいどういう意味で奈夢子さんは僕に言っているんだ。オリザとは一緒に暮らすようになってからまだ約一か月しか経っていないというのに。


「奈夢子さん、なぜ急に僕のそばに近づいてくるんですか!? こんな狭い部屋で密着されると何だか胸がドキドキして息苦しくなりそうですよ」


「宣人くん、じっとして動かないで……」


 彼女は僕の軽口については何も触れなかった。自分の背中が狭い隠し部屋の壁にぶつかる。これ以上後ろには下がれない。


「万代橋家の正統な後継者だからって、自分にはいつも損な役ばかりまわってくるみたい。オリザさんの身体を蝕んでいる呪いについて、あなたに真実を告げなければならないなんて……。今回ばかりはあまりにも残酷な仕打ち過ぎて心が押し潰されそうなの。こんな私をどうか許して!!」


 奈夢子さん、だめだ!! 僕の身体に抱きつかないでくれ。あなたの心の中のもっとも悲しい記憶が流れ込んできてしまう……。


 ……僕はもうこれ以上他人の悲しい記憶はたくないんだ。

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