宝物殿の奥に隠された秘密。

「な、奈夢子なむこさん!? あなたがなぜオリザの病室の前にいるんですか!!」


 親父の経営する医院の廊下で僕は突然背後から声を掛けられた。振り返った先に佇んでいた女性の顔を確認して思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


「……宣人くん、急に声を掛けて驚かせてしまったみたいね。ごめんなさい」


 オリザや猫森未亜ねこもりみあちゃんと同じ君更津南きみさらずみなみ女子校の生徒会長こと万代橋奈夢子ばんだいばしなむこだった。僕は彼女の意図が分らず思わず身構えてしまった。


「奈夢子さんはまさかオリザを万代橋家に連れ戻しに来たんですか? ……」


「そんなに怖い顔をしないで。私は宣人くんの味方だって前に言ったはずよ。この場所に来たのはオリザさんに会いに来たんじゃないの。あなたのお父さんから呼び出されて」


 僕の親父が!? なんで自分の医院に奈夢子さんを呼び出すんだ。よりによってオリザが入院中だぞ。


「オリザさんの病室の前に近寄るつもりはなかったの。だけど宣人さんがお見舞いに来ていると知って……」


 初詣で会った際に彼女が着ていた巫女装束と違い、君更津南女子高の制服姿がまったく別の印象を与えている。


「僕の親父に呼び出されたっていったいどんな用件なんですか?」


「……猪野いの先生は約一か月前に私の血液を採取したんです。オリザさんの調査に役立てたいとおっしゃっていました。その検査結果が本日出たとの知らせを受けて来ました」


「奈夢子さんの血液検査を!?それも一か月前なんて。 親父は僕に何も言っていなかったぞ。どうしてなんだよ……」


「どうか猪野先生を責めないであげてください。あなたのお父さんには万代橋と犬上。その両家の為に尽力して頂いています。それに血液検査は私からの希望でもあったんです」


 父親が一介の町医者の範疇を完全に越えているのは、本人から聞いて知っていたが、この辺りの神仏を司る万代橋家の正統なる後継者。奈夢子さん本人の口から語られると伝承の真実味が増すな。心のどこかで僕は願っていたんだ。オリザにまつわる荒唐無稽な話が全部、夢物語だったらどんなに気が楽になったのだろうか……。


「奈夢子さん、僕に教えてください。オリザについて知っているすべてを。あなたはまだ何か重要な秘密を隠しているんじゃないですか!?」


「……宣人さん、ここで声を荒げては病室のオリザさんに話を聞かれてしまいます。どこか別の場所に移動しましょう」


 そうだった。ここは病室前だ。そして奈夢子さんとオリザとの関係性を考えると話を聞かれては絶対にまずい。


「私についてきてください。そこで話の続きをしましょう」



 *******



 ――奈夢子さんに連れられてむかった先は意外な場所だった。


「ここは!? 僕なんかが中に入って本当に大丈夫なんですか?」


「宣人くん、あなたにもそのがあるわ。心配しないでもっと宝物殿ほうもつでんの奥まで入ってきて」


 彼女の言っている意味がまったく理解できない。権利だって? 自分の身内に神職なんか誰もいないぞ。そう思ってしまうほど僕は神聖な場所に足を踏み入れてしまった。


「……この宝物殿は一般の参拝客にも公開しているのは宣人くんも知っているわよね」


「はい、とても有名ですから。年に一回だけ元日から一週間、期間限定で公開されていますよね」


「さすがは宣人くん、久里留くりる神社について良く調べたわね」


「いいえ、全部親父からの受け売りですよ。子供のころから鎮守様おちかんさまへの参拝は家族で毎年欠かしたことはありませんから」


 そうだ、僕と妹の天音は親父に連れられてよくこの神社を参拝に訪れた。当時は何も思わずただ信心深い父親だとしか思わなかった。そして宝物殿にも一般公開の日に入ったこともある。重要文化財の刀や屏風びょうぶ、そして鏡なども多数展示されていた。


「奈夢子さん、こんな神聖なところに勝手に入るなんてまずいんじゃないんですか? オリザについての話し合いならもっと別の場所のほうがいいと思いますよ……」


「宣人くん、この場所じゃなきゃ意味がないのよ。そして一般公開されているのが宝物殿のすべてじゃないことをあなたに知っておいて貰いたいの」


「何だか謎めいた口振りですね。宝物殿の奥に隠された小部屋でもありそうな予感がします」


「……鋭いわね、宣人くん」


 ええっ!? 僕はあくまでも冗談のつもりで言ったのに!! 奈夢子さんは真顔なのがシャレにならないぞ。


「これから見たり聞いたりすることは絶対に他言無用よ」


 彼女が懐中電灯で指し示した先には驚くべき物が浮かび上がっていた……。

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