オリザ、大切な君との別れを僕は知りたくなかった……。

「親父、医院の仕事が忙しいのに、わざわざ車で他県まで駆け付けて貰って本当にすまない。僕がオリザについていながらこんな事態になってしまうなんて……」


「いまは何も言うな、宣人せんと。事故というのは避けられない場合も多いのは仕方がないだろう。それにまっ先に連絡を寄こしてくれたのはとても良い判断だっだぞ。彼女の身体は普通の女の子とは違う。もしも他の病院に怪我で担ぎ込まれて検査でもされていたら大変な騒ぎになりかねないからな」


 僕は車の後部座席に寝かしたままのオリザに視線を落とした。


「オリザの容態は医者の親父から見て本当に大丈夫なのか? 歩道で自転車にはねられそうになった彼女をとっさに突き飛ばしてしまった。こちらの呼びかけにもまったく返事をしないんだ。助けるつもりが仇になるなんて。もしも万が一のことがあったら僕は……。いったいどうしたらいいんだ!!」


「宣人、落ち着け!! 一時的に気を失っているだけだ。オリザくんは犬としての能力を使い過ぎたんだ。そこに歩道で転倒したときの外的ショックが身体に加わって覚醒を阻害しているに過ぎない」


「……それなら本当に良かった。オリザがこのまま目覚めないんじゃないかと思ったんだ」


「まあ命に別状はないが精密検査の必要がある。とにかくオリザくんを自宅に連れて帰るのが先決だ。宣人、他のみんなはどうしているんだ?」


「いまは一時的に席を外して貰っているよ。天音あまねもいっしょにそこのファミレスで待機するようにお願いしたんだ」


 ……僕はあやうくオリザを失いかけてしまった。その言葉の意味に身震いがするほどの後悔と激しい怒りを覚える。その怒りの矛先はもちろん自分にむけられた物だ。


 正直、最近の僕が調子に乗っていたのはまぎれもない事実だ。お泊り会のメンバーを引き連れて、人探しだとか息巻いてお山の大将を気取っていたのかもしれない。


 陰キャな性格で他人と交わることを嫌い十六年間生きてきた自分。それが初めてグループの中心人物になれて舞い上がっていたところにこの事故が起きた。手痛いしっぺ返しを神様から与えられたように思えてしまう……。


「宣人、それでお前たちの目的だった人探しの件は何か進展があったのか?」


「ああ、それについてはオリザの活躍のおかげで大きく進展したよ。未亜みあちゃんの行方不明だった母親の居場所は特定出来たよ。この通りを曲がった先にある幼稚園に勤務しているらしい。人当たりだけは抜群に良い祐二の奴が直接、幼稚園に聞き込みをしてくれたんだ」


「行方不明後に幼稚園に勤務か。警察に届け出もされていて捜索願も出ている状況とお前は言っていたよな。もしかしたら未亜さんの母親は幼稚園に知人でもいるのかもしれないな」


「さすがは親父だな。そのとおりだよ。何でもそこの園長先生の縁故で正規の保育士ではなく、まかないの仕事で入ったらしいんだ。住まいも斡旋されているらしい」


「じゃあ未亜さんはお母さんに会えたのか?」


「いいや、今日は体調不良で園の仕事を急遽休んだらしい。住まいのアパートの住所も聞けたからこの後、訪ねてみるつもりだった。だけどオリザがまだ目覚めない状況にどうしたらいいのか……」


「宣人、迷っている暇はないぞ。オリザくんのことなら俺に任せろ。行方不明者の心理というのは常に追い立てられている状態だから、一か所に長く留まってはいないはずだ。日にちを開けたらアパートはもぬけの殻なんてことも充分にあり得るぞ」


 親父の忠告はもっともな話だ。これまでも半年以上の間、未亜ちゃんの母親は警察からの捜索の目をかいくぐって来たんだ。最寄りの交番には捜索願のポスターまで貼られているというのに。


「……わかったよ、親父。オリザの件はよろしく頼む。何かあったらすぐ僕に連絡をしてくれ」


「ところでお前の怪我は大丈夫なのか? 見たところ両手足に負った擦過傷の止血は済んでいるようだが……」


「僕なら大丈夫だよ、女の子たちが応急の手当てをしてくれたし、こうみえても身体は頑丈に出来ているつもりだ。そこも親父譲りかな」


「それなら安心だが、身体だけじゃないぞ。あんまり無茶な真似はするなよ」


 親父は普段みたいに僕の軽口には応じず、父親の表情を崩さなかった。誰よりも頼りになるかけがえのない存在を僕はすぐ近くに感じた。


「……親父、この間の話がまだ途中だったね」


「この間の話? ああオリザくんのことか」


「そうだよ、元日の夜、僕がキレ散らかしたときの話さ。あのときは生意気な口を聞いて本当にごめん」


「それは宣人が謝る筋合いじゃないぞ。あれは怒られても仕方がないから。お前たちに心配を掛けまいとオリザくんの素性を良く説明しなかったお父さんに全責任がある」


「ありがとう、そう言って貰えると気持ちが楽になるよ。帰ったら話の続きをしてもいいかな?」


「もちろんだ。オリザくんについてはもう一度調べておこうと思っていたんだ。今回の再検査で何か解決策の糸口を掴めるかもしれない……」


「期待しておくよ。親父」


 そのまま親父とオリザの乗った車のテールランプを見送った。混雑した街道の向こうにその赤い軌跡が消えるまで僕は何故だか片時も目を離せなかった。


 急速に視界が滲んでいくのがわかる。僕は涙を浮かべているのか!? 止めどなく頬を流れる悲しみの根源はいったいどこから来るのだろう。


 これじゃあまるで僕は最後の別れをする恋人みたいじゃないか……。


 

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