お泊まり会、はじめての課外活動。

「……ううっ、何だか胃が痛いかも!?」


香菜かな、どうしてお前が朝から緊張しているんだよ。まったく意味が分かんねえな」


「うるさい、兄貴は私と違って空気を読まなすぎなんだよ。これから起こることを想像すると緊張しちゃうんだから仕方がないじゃん」


祐二と香菜ちゃんの掛け合い漫才みたいなやり取りを、すぐそばで耳にした僕は思わず吹き出しそうになってしまった。まるで自分と妹の天音あまねがする茶番劇的な会話さながらだな。どこの兄妹も似ているのかもしれない……。


「……宣人お兄ちゃん、何をひとりでにやにや笑っているの。ちょっと不審者みたいでキモいんだけど」


ほら、すぐに妹の天音からめざとい突っ込みが飛んできた。いまは面倒だから聞こえないふりをしておこう。兄妹の茶番劇が二重奏アンサンブルになってもしゃれにならないからな。


「わん!! みんなでお出かけするのが嬉しすぎるよぉ♡」


「あっ、オリザちゃん、そんなにはしゃいじゃ危ないよ。この道は歩道の幅が狭いんだから行き交う車には充分に気をつけて!!」


「分かったよ天音。この白い線から外側にはみ出なければいいんでしょ」


「そうそう、天音のそばについて歩いてね」


オリザもずいぶんお利口さんに散歩が出来るようになったものだな。最初はかなり大変だったことを懐かしく思い出した。車が横を通り過ぎるたびにその走行音に驚いて、わんわん吠えたりしていたんだよな……。


まあオリザの散歩だけでこんなに遠出したわけじゃない。もっと大事な目的で僕らお泊まり会のメンバーは集結しているんだ。


高速バスや電車を乗り継いで一時間ほどの場所へ僕たちは到着していた。住まいのある地方都市からは東京湾アクアラインという横断道路を使うと隣の県までアクセスが早いんだ。


今回、他県に出掛けた真の目的は、オリザの失われた過去の件と並んで重要な未解決案件の調査をするためだった。


「わざわざ私なんかのために貴重な時間を割いて集まって頂き、本当にありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいのかわからないです……」


未亜みあ先輩、そんなにかしこまらなくても全然平気だよ。ここにいるみんなは冬休みで暇なんだから無問題だし。ねえ宣人お兄ちゃんもそう思うでしょ!!」


天音の奴、すぐ僕に返答を振る癖は勘弁してくれよ。未亜ちゃんの申し訳なさそうな表情を見たら何て言葉を掛けたらいいのかむちゃくちゃ悩むじゃないか……。


「ねえ未亜、安心してもらっていいんだよ。オリザも超ひまだったから今日はお役に立てそうでとっても嬉しい。わん!!」


「……オリザさん、あ、ありがとう。あなたにそういって貰えるとなんだかこっちも気が楽になるわ」


オリザに先を越されるとは!? これは一本取られたな。でもよく考えてみればこの状況で未亜ちゃんに気を使わせずに声を掛けることが出来るのは天真爛漫な彼女以外にいない。その証拠に僕たちの空気が和んでいる。


「そうだよ、未亜ちゃん、オリザのいうとおりだ。僕たちは仲間じゃないか、それに君のお母さんについて必ず探し出すって初詣で約束したじゃないか」


「天音ちゃんのお兄さんまで……。そうでしたね。元日の神社で私のためにお参りをしてくれましたね」


「ああ、だから今日みんなで集まったんだ。未亜ちゃん、お母さんの手紙は持ってきたよね」


「はい、お兄さんに言われたとおり用意しました」


「オリザ、この手紙を満月の晩みたいにもう一度嗅いでくれ」


未亜ちゃんから受け取った手紙をオリザの鼻先に差し出す。


「くんくん!! 未亜のお母さんのにおいを覚えたよ」


「宣人から話には聞いていたけど、本当にオリザちゃんはにおいだけで行方不明になった相手を追えるんだな」


「そうだよ、兄貴。オリザちゃんは犬の優れた嗅覚を持っているからね」


「何で香菜がドヤ顔してんだよ。お前じゃなくてオリザちゃんが優れているの!!」


確かにいまの祐二みたいに初めてオリザの特殊能力を目の当たりにしたら驚くよな。無理もない。


「よし、オリザおりこうさんだぞ」


「わん!! ご主人様にほめられて嬉しいな」


僕たちお泊まり会が調べた範囲では、未亜ちゃんの行方不明になった母親の足取りは最後にこの場所で途切れている。警察に寄せられた最新の目撃情報だから間違いはないはずだ。


公開捜査に踏み切ってからかなりの日数も経過している。ふと視線を送った先には交番があり、そこに設置された掲示板には未亜ちゃんのお母さんの顔や全身写真も公開されていた。


隣の未亜ちゃんは掲示板に僕より先に気がついていたみたいだ。交番のある場所から目をそらしている。


……僕はオリザにまつわる過去の因縁を決して忘れたわけじゃない。それどころか片時も頭を離れない。だけどいまはつとめて明るく振る舞うしかない。自分に出来ることからまず手を付けていこう。それが最善だといまは信じるしかないから。


「ご主人様、探索準備完了だよ。わん!!」


手に持ったお散歩リードの先端が勢いよく引っ張られる。その感触が僕の中の迷いを消してくれるみたいだ。


「じゃあ出発だ!! みんな僕の後に遅れず着いてきてくれ」


……いよいよ僕たちお泊まり会の課外活動が始まるんだ。絶対に未亜ちゃんのお母さんを見つけ出すぞ!!


次回に続く。


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