ひとりぼっちのオリザ
「
自宅のリビングでソファーに腰掛けたままの僕にむかって妹の
自分でも情けなくなるがまだ気持ちの整理がつかない状態だ。うかつに言葉を発したら妹を傷つける発言になってしまいかねない。
……そんなにしつこく追求しなくともお前は僕の考えを読めるんじゃないのか?
何も知らない天音にやつあたりをしてはいけない。
「……オリザはいま何をしているんだ。帰ってきてから姿が見えないけど」
「うん、オリザちゃんなら神社の屋台食べ歩きツアーでお腹一杯になって動けないって個室部屋で休んでいるよ。心配しなくても大丈夫。ちゃんと胃薬を飲んだから」
「すまないな、天音たちにオリザのお守りを任せちまって。
「みんなは宣人お兄ちゃんのことを心配していたよ。特に
「天音、何なんだよその意味深な含み笑いは!?」
「そうそう祐二さんも言ってたよ。美人の生徒会長さんとふたりっきりなんて宣人の奴、うらやまけしからんって。言い方が面白いよね」
「なんじゃそりゃ。……まあ、陽キャなあいつらしい表現だな」
僕は心配していたんだ。鎮守様の森の中にある奈夢子さんの自宅前で長時間話し込んでしまったことを。メールで連絡は天音とやりとりしていたが、お泊まり会のメンバーを待たせてしまったことには変わりがない。
別れ際にもみんなは僕に何も聞いてこなかった。逆に気を使わせてしまったな。
奈夢子さんが僕に告げた話はとても短時間では説明出来ない内容だ。それにオリザに関する部分は固く口止めされている。
……まさかふたりが腹違いの姉妹の関係なんて。そして血の繋がったはずの彼女たちが、
だが奈夢子さんはまだすべてを告白していない気がする。彼女のことを信用は出来るがオリザが女子高生だった生活から記憶を失ってしまった原因について。その核心部分を問いただしても口をにごして最後まで教えてくれなかった。それはなぜだ!?
「……心ここにあらずって感じだね。宣人お兄ちゃん。分かったよ。天音たちに話せるようになったら教えて。いまはオリザちゃんといっしょにいてあげて。今日一日ご主人様と離ればなれでかなり寂しかったんだと思うから」
「すまない、天音」
妹の優しさが身にしみる。僕は力なくうなずいてリビングを後にした。
とぼとぼと母屋の廊下を歩く。朝から何も口にしていないが食べる気分じゃない。とにかく部屋に戻ろう。
「……宣人、帰っていたんだな」
庭に出られる扉の前で声を掛けられた。親父だ、元旦早々家にいるなんて珍しいな。近所の人たちと毎年恒例の新年会に出かけているとばかり思っていた。
「あれっ、親父いつもの新年会は?」
「ああ、今年は無理をいって欠席にしたよ。オリザくんを我が家にむかえて初めての正月だからな」
「だからリビングの食卓に豪華なおせち料理があったのか。親父、家だからって飲み過ぎはダメだよ」
「ははっ、お前に心配されるのは久しぶりだな。最近ゆっくり話す機会もなかったから」
「そうだね、僕も年始から結構忙しくなってさ。親父の教えてくれた情報が初詣に行って役にたったよ」
「……万代橋のお嬢さんとお前は会ってきたんだな」
「うん、とても素敵な人だね。美人で頭もいい。その上決断するのも早い。いつも迷ってばかりの僕とは大違いだ」
親父にあったら聞きたいことが山ほどあったはずなのに、相手の顔をみた途端、なぜか涙があふれそうになった。
「宣人、お前、泣いているのか?」
普段は
「親父、なんでオリザだけが罰を受けなきゃならないんだ。何も悪いことをしていないのに。悪しき家系とか、君去らずの伝承とかそんなかび臭い物に彼女は関係ないはずなのに。 ……ちくしょう、なぜ記憶を失うほど過去に追いつめられなければならないんだよ!!」
急速にあたりの視界がゆがんでくるのが感じられた。涙が流れるのを自分でも押さえきれない。
「宣人、いままでお前に隠しごとをしていた俺を許してくれとは言わない。オリザくんを救い出すためにはこうするしかなかったんだ。彼女にはお前の助けが絶対に必要なんだ。だから世話係にもなって貰った。それだけは信じてくれ……」
「僕の助けがオリザには必要!? それはどういう意味なの。親父も僕の
「……宣人、それはお前にしか与えられていない能力だ。神様からの贈り
「似たようなことを
「そうだ。いままでお前と天音に隠していて本当に悪かった……」
「専門家だったら分かるだろう。この不思議な能力にランクを付けるとしたら自分は確実に落第生だ。妹の天音や奈夢子さんのほうがトップクラスだろう。そして親父はオリザを救えるのは僕しかいないと言ったけど、そんなことは他人の喜怒哀楽が読める別の能力者に頼んだほうがいいに決まってる!!」
「……宣人、それは違うんだ」
「まあいいや。僕はすごく疲れてしまったから先に休むよ。話し合いはまだ別の機会にしよう。親父、生意気なことばかり一方的にまくし立てて悪かった」
「ああ、構わんよ。じゃあ宣人おやすみ」
様々な感情が自分の頭の中でない交ぜになる。これ以上この場にいてはいけない。本能にしたがって僕はその場を後にした。
*******
部屋に戻り室内の灯りをつける。オリザは満腹で先に寝てしまったのか?
ベッドを置いてある部屋に一歩足を踏み入れる。もしも彼女が寝ているなら起こさないであげよう。
「……だ~れだ?」
「うわっ!? 何なんだ。前が見えないぞ。誰だこの手は」
「わん、私はいったい誰でしょう? 当てたら目隠しの手を外してあげる」
わん、ってバレバレ過ぎじゃないか? そんな鳴き声はひとりしかいない。
「……」
「あれっ、なんで黙ったままなのかな? 早く答えをいってよ」
「オリザ、君は元気なままだね」
「あっ!? バレちゃったか。なんでわかったのかな……。んっ、オリザのおててが濡れている。ご主人様もしかして泣いているの。なにか悲しいことでもあった?」
「オリザ……!!」
「むうっ、急に甘えん坊になってオリザを抱きしめるなんて変なご主人様。なんだか良くわからないけど頭をなでなでしてあげる」
僕は彼女を思いっきり抱きしめた。自分の腕の中から消えてしまわないように……。
「ご主人様、お腹空いたでしょ。屋台の食べ物をおみやげに買ってあるんだよ。それにおせち料理も天音から取り分けてもらった!! えへん、オリザおりこうさんでしょ」
「ありがとうオリザ。逆にほめるべき僕が頭をなでられて何かあべこべだけど。急にお腹が空いてきたよ。後で一緒に食べようか。でも平気か、食べ過ぎでお腹が苦しいんじゃないのか?」
「ご主人様と食べるのは別腹だから大丈夫だよ。それに胃薬を飲んでこなれたから」
「それは嬉しいけどあんまり無理するなよ」
「わん!! 了解しましたぁ♡」
もふもふしたオリザの犬耳付きフードが彼女の動きにあわせて僕の頬にふれる。その柔らかい肌触りに妙な安心感を覚えた。
次回に続く。
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