悲しい恋の物語。オリザ、君をそのヒロインにはしたくない。

「もうひとりの踊り手だって!? 奈夢子なむこさん、ちょっと待ってくださいよ。この神社の神主はあなたの父親だ。それはオリザが久里留くりる神社と深いつながりがあるって意味ですよね!!」


 どうして彼女オリザ巫女舞みこまいのもうひとりの踊り手なんだ……!! クエスチョンマークが僕の頭の中を駆けめぐる。


「……宣人せんとくん、私の話を落ち着いて聞いてくれる。本当は他の皆さんもまじえて説明したかったけど、あなたのとても驚いた様子を見ていると、それは決して得策ではなかったみたいね」


「取り乱したりしてすみません。……話を続けてください」


 神社の裏手にある広い森の中に建つ一軒家。僕たちが幼いころから鎮守様おちかんさまの森と親しんでいる場所に奈夢子さんの家は存在した。小学校時代も近所の遊び場としてよく訪れていたのに、なぜ当時の僕は気がつかなかったのだろう……。


「話は江戸時代にさかのぼりますが、オリザさんの名字である犬上姓はもともと万代橋家と同じ家系でした。それがある出来事により分家したんです」


 僕は彼女の話に強い戸惑いを覚えた。オリザはごく普通の女子高生じゃないのか? 記憶をなくして自分を子犬と信じ込んでいる女の子と思っていたのに。由緒ある神社の家系とか何の関係があるんだ。まったく意味が分からない。


「ちょっと待ってください。それが何の関係があるんですか? オリザのたったひとりの肉親である父親が昨年他界して、他に身寄りがないと聞きました。だから彼女はうちで暮らしているんです。オリザのお父さんと僕の親父は医者の仕事以外でも親友の仲でしたから遺言を託されたそうです」


「もしかして宣人くんのお父様って、お医者さんの猪野いの先生なの!?」


 不意に自分の中で点と線が繋がった!!


 次第に薄皮のベールを剥がすように、これまで霧に包まれていたオリザについての謎が少しだけ解けた気がする。


 僕の親父がオリザについて多くを語らない理由わけ。彼女を新しい子犬と勘違いさせるような言い回しを最初から貫き通したのは、何も親父お得意のをしたかったわけじゃなさそうだ。


「はい、地元の開業医で猪野誠治いのせいじといいます。奈夢子さんのその表情は僕の親父をよく知っているみたいですね」


「知っているも何も宣人さんのお父さんは犬上いぬがみ万代橋ばんだいばし、その両家がずっとお世話になっているかかりつけのお医者さんなの……」


「僕の親父が!? じゃあオリザを急にうちで住まわせるって昨年末に連れてきたのも何か関係があるんですか!!」


「宣人くん、猪野先生がそうおっしゃったの!?」


 ……待てよ。よく考えたら親父はオリザについて説明してくれたときに彼女は身よりがないと間違いなく言っていたはずだ。


 奈夢子さんの話では同じ万代橋家から分かれて犬上姓を襲名したんじゃないのか? なら両家は親戚すじの関係のはずだろう。なぜ親父はオリザを引き取るという選択をしたんだ……。


 謎が解けそうになったらまた謎かよ。いい加減にしてくれ!!


「……私には猪野先生のお考えが良く理解出来るわ。オリザさんを宣人くんに会わせた理由も。先生は両家に伝わる悪しき伝承を以前からうれいていらっしゃったから」


「奈夢子さん、何を言っているんですか? 僕の父親はただの町医者ですよ。そんな親父をつかまえて映画に登場する立派な人物みたいに言うなんておかしいです。それに悪しき伝承とか和風ホラー映画ばりですね」


「宣人くん、聡明そうなあなたらしくないわ。まるで現実から逃げているみたい。いいえ、自分の本当にやるべき使命から必死で目をそらして。お父さまがオリザさんを託した理由をよく考えてみて!!」


 それまで穏やかに語りかけていた奈夢子さんの口調が変化した。決して怒っているわけじゃない。だけど強い芯のある言葉に僕は頭の上から冷水を浴びせられたような気分になる。


 これが妹の天音とかに言われるなら、お前に僕の何が分かるんだ!! と軽く一蹴してしまえるが、年上の女性からまっすぐに投げかけられた鋭い言葉は、まるでナイフのようにグサリと胸に突き刺さった……。


「……宣人くん、僕のことを何も知らないくせにお前に僕の何が分かるんだ!! いま心の中でそう考えたよね」


 嘘だろ。奈夢子さんが読心術かよ!? 


「嘘だろ。奈夢子さんが読心術かよ……。 宣人くんはそう考えた」


 ば、バカな。一言一句違わないだと。彼女はどんな奇術を使ったんだ!? まさか僕は唇を動かしたりしていないよな。それか心の声がダダ漏れになっているとか。


「な、奈夢子さん。あなたはいったい……」


「かなりの荒療治でごめんなさいね。宣人くんが理解出来るまでゆっくりと説明している時間はないの。でもそんなに驚く必要はないわ。だって猪野先生の御子息なら常人とは違う能力が使えるはずだから」


 彼女の口から驚くべき言葉が告げられた。僕の持つ不思議な能力ちからについてだ。身体接触により相手の抱えたもっとも悲しい記憶をれる。その事実について知っているのは身内でも妹の天音だけのはずなのに……。


 なぜ部外者の奈夢子さんがについて知っているんだ!?


「さとりの能力ね、昔から呼び方は様々だけど。いつの時代にもさとりの人は存在したと言われているの。場合によっては周りから怪異扱いされてひどい迫害のうえ追放されたり。だけど心配しないで、私はあなたの敵じゃない。能力を持つ者の苦しみは誰よりも理解しているつもりよ……」


「……奈夢子さんも僕と同じ苦しみを!?」


「この辺り一帯には昔から私たちみたいな能力を持った子供が生まれるらしいの。理由はさだかではないけど。だけど君更津という地名の由来もそれにちなんでいると伝え聞いているわ。この神社にもその伝承についての記念碑が祀られているほどに有名な話」


「記念碑って!? この森の入り口にある君去らずの詩を書いた物ですか……」


「さすがは猪野先生のお子さんね。話が早くて助かるわ。お父様はこの土地に古くから伝わる伝承についての造詣も深いからあなたも知っているのかしら」


「はい、親父は仕事のかたわらに趣味で郷土史の研究をしていますから……」


 僕の知る、君去らずの伝承……。それはもの悲しい恋の物語だった。

 

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