鎮守様の森で私をつかまえて……。

宣人せんとお兄さん、今回オリザさんを連れてこなくて本当に良かったんでしょうか?」


 未亜みあちゃんが思いつめた表情で僕に尋ねてきた。言葉の真意を掴みかねて思わず久里留くりる神社に向かう足を止める。


「これから会って話しを聞く女性が君の言うとおりの人物だったら、オリザを家に残してきたのは僕の取り越し苦労に終わるかもしれないね」


奈夢子なむこさんのことですか? 私の知る限り悪い噂は聞いたことがありません。それどころか学園での人望も厚く二年続けて生徒会長をされています。才色兼備なのに気取ったところもなく、私たち下級生にもわけへだてなく接してくれるとても素晴らしい人なんです」


 未亜ちゃんはまっすぐにこちらを見据えていた。その瞳に僕への強い抗議の色を感じる。


「すまない、君の気分を損ねるつもりはなかったんだ」


「……こっちこそ強く言い過ぎました。ごめんなさい」


 彼女は気まずそうに僕の顔から視線を外し、通りの先を眺めながらつぶやく。


「奈夢子さんにとても憧れているんだね」


「……はい、生徒会長は私の憧れなんです。あんなふうに素敵な女性になりたいなって」


 僕の問いかけに未亜ちゃんは一瞬照れ笑いを浮かべながら返事をした。


「普段は冷静な未亜先輩がそこまで言うの珍しいかも。私も早くその人に会ってみたいな」      


 僕たちの少し後ろを歩いていた香菜かなちゃんが声を上げる。       


「香菜。男っぽいお前とはまったく正反対だな。その美人の生徒会長さんとやらは」


「うるさいな、どうせ私は女らしくないですよ。それに祐二ゆうじお兄ちゃんは女の子の話に首を突っ込まないで!! いっしょについてこなくても良かったんだから……」     


「何を言ってんだよ。お泊まり会の司令塔である天音あまねちゃんがいない状況で、俺が仕切らなきゃ烏合うごうの衆はまとまんないだろ!!」

               

 ……おい祐二、誰が烏合の衆だよ。まあ妹の天音が僕らの司令塔というのはあながち間違いではない。今回の訪問には不在だ。家でオリザのお守りをしてもらっている。


「未亜ちゃん、今回オリザを連れて行かない理由は生徒会長こと万代橋奈夢子さんについて、まだ手放しでこちらのすべてをさらけ出すのは得策ではないと感じたからなんだ」


「宣人お兄さん、それはどういう意味ですか!?」


 未亜ちゃんが怪訝そうな顔を僕にむける。


「家に戻ったときに少し奈夢子さんについて調べてみたんだ。うちの親父は古くからの開業医で顔も広い。万代橋ばんだいばしと名字を言ったら知っていたよ。意外な事実も聞けた。だから天音にはその事情を話してオリザと家に残ってもらったんだ」


「宣人お兄さん、生徒会長について意外な事実って何ですか!?」


「もったいつけるわけではないけど、そのことについては奈夢子さんの口から語られると思うよ。今朝初めて巫女装束の彼女と会ったときにオリザを見て涙ぐんでいた理由も納得出来る話だから」


「何だよ宣人。その歯に物が挟まったような言い回しは!? だんだん親父さんに似てきたんじゃねえのか。いつも俺に愚痴をこぼしてるだろ。僕は親父の出すなぞかけが嫌いだって」


 すかさず祐二がツッコミを入れてきた。確かにそうかもしれない。でも別に親父の肩を持つわけじゃないが、すべてを話すのが最善ではない場合もある。そして事実を語るべき人物が自分ではないことも……。


 今回はまさにそのケースかもしれない。


 僕は他のみんなの追求から顔をそらして、次第に見えてきた久里留神社の赤い大鳥居に視線をむけた。


 

 *******



「……生徒会長、まだ来てませんね。おかしいな、生徒会で人どなりは知っていますが、約束の時間に遅れるような人じゃあないんですけど」


「未亜ちゃん、巫女さんのバイトが長引いたとかじゃないの。まだ神社の境内も初詣客で結構混んでいるしさ」


 神社の鳥居前で午後一番に待ち合わせ。奈夢子さんは確かにそう約束していたはずだ。正確に何時とか彼女に聞いておけば良かったかもな。


「……いま確認してみたんですが生徒会長の携帯電話も繋がらないです。通話だけでなくメッセージアプリも既読になりません」


 未亜ちゃんが心配そうにスマホの画面から顔を上げる。


「ここで全員待っていても仕方がないな。じゃあ僕が境内の中を探してみるよ」


「宣人、俺たちはここで待機しているよ。その美人の生徒会長さんの顔が分からないといけないから、未亜ちゃんもいっしょに残ってくれる?」


「はい、大丈夫ですよ」


「祐二、悪いけど女の子ふたりを頼むよ。この辺りは柄の悪い輩も多いから」


「おう、宣人まかしとけよ。ナンパな奴が来たら俺が追い払うから」


 ……いまの祐二の格好なら、チャラい男も近寄らないだろう。虎と竜の刺繍模様が入ったスカジャンに加え、妹の香菜ちゃんからの指摘で甘いイケメンなルックスが舐められないように、午後は髪型まで変更する力の入れようだ。


 そのリーゼントの髪型も昭和の不良チックで時代錯誤だけどな。


 巫女装束でとびきりの美人な彼女ならすぐに見つかるだろう。とにかく境内や本殿前を探してみるか。僕はその場を後にした。


 

 *******



「う~ん、お守りの売場がある授与所にも奈夢子さんの姿は見あたらないな。いったいどこにいるんだ!?」


 他におみくじも扱っている売場には他の巫女さんはいたが彼女の姿はどこにもなかった。あれだけ人目をひく美人はそうそういないから見かけたらすぐにわかるはずだ。


「……いつの間にか境内の裏手まで来てしまった。相変わらずこの先は森が深いな」


 この場所が近隣の人から久里留神社という正式名でなく、鎮守様おちかんさまと呼ばれる由縁になった森が僕の目の前に広がっていた。


「子供のころはよく天音とこの森で遊んだっけ」


 僕はこの森で遊ぶのが大好きだった。小学校の夏休みになるとちょっとした探検記分でこの場所を訪れるのが日課になっていた。自然のままで手つかずの森はカブトムシやクワガタが面白いように捕まえることが出来て幼い僕は夢中になったのを懐かしく思い出した。


「……でもあんなところに家なんてあったかな? それもめちゃくちゃ大きい建物だな」


 鎮守の森の緑一色な風景にとけ込むような家の外見、その和洋折衷な造りに僕は目を奪われた。


 神社のそばに建っているからって和風とは限らないんだな。建物には洋館風な箇所も多く見受けられる。


 僕は大きく伸びをしながら深呼吸してみた。森のすがすがしい空気が肺いっぱいに流れ込んでくる。


「ああ、この場所は気持ちいいな。昔とぜんぜん変わっていない」


 目を閉じて思わずひとりごとを漏らした次の瞬間。


「とても上機嫌ですね。その顔を見ているこっちまで幸せな気分になります」


 ……誰だ。僕に声を掛けてきたのは!? 鈴を転がすような若い女性の声。どこかで聞いた気がするな。慌てて辺りを見回した。


 誰もいないだと……!?


「どこから声を掛けてきたんだ。君は誰!? 僕のことを知っているのか。いますぐに顔を見せてくれ」


「うふふっ、そんなにきょろきょろと辺りを見回して。何だかとてもからかいたくなっちゃいますね。こんな私はいじわるかしら」


 ま、まさか鎮守様の森の精霊とかじゃないよな!? いやいやこの森は神様が集う場所だ。何が現れてもおかしくないぞ!! おばあちゃんに昔言われたはずだ。ひとりで森に入るんじゃないって……。子供は神隠しにあって帰れなくなるから。そう口を酸っぱくして注意されたことを忘れたのか!!


「ひいいっ!? 森の精霊様どうかお許しください。神聖な場所にひとりで踏み込んだ僕を祟らないで!!」


 思わず頭を抱えてその場にうずくまる。気のせいか一気に辺りが暗くなってきた。


「森の精霊か……。それは私ではなく彼女かもしれません」


 この声の主はいったい何を言っているんだ。意味がまったく分からない。少しだけ冷静さを取り戻した僕は声の聞こえてくる方向を特定することに成功した。


「あの家の二階から声は聞こえていたのか!!」


 頭上だ!! 目の前にある深い森の中に建つ一軒家。


 その建物の二階の窓から顔を出した人物とは!?


 キュートな笑顔に明るい髪色。窓から乗り出した女性。白い巫女装束の前屈みになった襟元からたわわな胸がこぼれんばかりだ。


「な、奈夢子さん!?」


 美人の生徒会長で巫女さんの万代橋奈夢子さんがなぜこの場所にいるんだ……!!


 そして胸に巻いているはずのさらしはどうなっちゃったの、奈夢子さん!?

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