【僕の胸で泣けばいい】なんて陽キャな台詞はとても言えそうにない……。

 久里留くりる神社――僕たちお泊まり会のメンバーが今回お参りに訪れた場所だ。


 初詣なら近隣の狩野山かのうざんにある観光名所、マミー牧場の隣に位置する神社の方が有名だ。僕が生まれる前の事件だが、神社で飼育していた虎が逃げ出して大騒動になったと親父が以前教えてくれた。


 近所にある小さな神社を今回初詣に選んた理由はふたつある。


 ひとつは僕が持つ例の能力ちからが人混みでむやみに発動しないように。


 ふたつめは自分を子犬だと思いこんでいる少女、オリザの存在があった。有名な初詣スポットに彼女を連れていったら、参拝客で肩がぶつかるほど混雑した神社の境内で興奮してどんな突飛な行動に走るかもしれない。それも避けたい事態だ。


 妹の天音あまね。その先輩である猫森未亜ねこもりみあ。そして僕のたったひとりの親友である阿空祐二あくゆうじ。彼の妹、阿空香菜あくかな。そして僕。総勢五名でオリザを守ってやろうと事前に話し合ったんだ。


 まあ祐二はちがう方向に張り切りすぎて、昭和のヤンキー崩れみたいな格好になって僕たちの護衛をやっているけど……。


 その場の空気が読める僕の妹。天音。いや、あいつの隠していた秘密を知ってしまった後では、その表現は間違いだろう。僕の役に立たない他人の抱えたもっとも悲しい記憶がえる能力よりはるかに優れた資質を持っているんだ。


 昨年の冬至の夜。ゆず湯のお風呂に入浴中、天音が乱入してきたときも彼女の持つ能力についてすべては聞けなかった。妹が能力を隠すきっかけになった過去のトラウマ。小学生時代のクリスマス会で友達が欲しいプレゼントを全部的中させた件。


 そこから推測して天音の能力は他人の持つ喜怒哀楽の喜びの感情は読みとれるのは分かっている。それ以外の感情も妹には視えているんじゃないのか?


「……ははっ、どこまでいっても僕は天音の奴に敵わないよな」


「宣人お兄さん、天音ちゃんがどうかしたんですか?」


 自嘲気味にひとりごとを言ったつもりが、隣を歩く未亜ちゃんの耳には届いてしまったみたいだ。


「えっ、ああ大したことじゃないよ。天音の奴がちょっと羨ましいと思ってさ。未亜ちゃんや香菜ちゃんみたいな仲良くしてくれる友達が多いなって」


「……そうですね、でも私は天音ちゃんの部活動の先輩でしたけど、どちらかといえば後輩ふたりに支えられている感じです。今日だって気分が落ち込んでいたところを初詣に連れ出してくれたんですから」


 拝殿に続く石段を参拝客の列に沿ってゆっくりと進む。頬に感じる外気は冷たいが、隣にいる彼女と繋いだ指先が毛糸の手袋越しにぬくもりを与えてくれる。


 付き合っている男女みたいにお互いの指を絡め合った恋人繋ぎとは全然違うが。ほんの指先だけでも妙に彼女を意識してしまう。陰キャな十六年間の生活が染みついてしまった僕にはこれでも充分ドキドキするんだ。この展開はまいったな……。


「……あの、宣人お兄さんはどんなお願いをするんですか?」


「えっ、僕の!? あれ、そういえば何を神様にお願いするのか考えていなかったよ」


「そうですか……。私ったら変なことを聞いてごめんなさい。神社での願い事は人に話したら叶わなくなるって言いますし、この話は忘れてください!!」


 繋いでいる未亜ちゃんの指先にかすかな震えを感じる。きっとまだ不安定な感情のままなんだろう。現在彼女のおかれている環境はあまりにも過酷だ。物心ついたころには母親が他界していた僕と違い、中学三年生になる十五歳の思春期まで、いっしょに暮らしてきた母親が急に家からいなくなった未亜ちゃんの状況を思うだけで胸が痛くなる……。


 いまの僕に出来ることはいったい何があるんだろう。


「未亜ちゃん、僕の願い事はたったいま決めたよ。全力で君のためにお祈りをするから……!!」


「……せ、宣人お兄さん、未亜のためにですか!?」


「そうだよ。君のお母さんが見つかって元の暮らしが一刻も早く出来るように。そして微力かもしれないけど僕も捜索に協力したいんだ」


 驚いてこちらを見上げる彼女の目には涙が浮かんでいる。まるで子猫のような大きな瞳にこぼれ落ちそうなゆらぎを与えていた。


「……私、こんなときはどんな顔をすればいいのかわかりません。とても嬉しいのに涙が堪えられないなんておかしいですよね」


 きっと不安な気持ちを誰にも打ち明けられず堪えていたんだろう。かわいそうに……。


「未亜ちゃんは今日まですごく頑張ったと思うよ。不在になったお母さんのかわりに家の家事もほとんど君がやっていると天音から聞いた。それなのに不平ひとつ口にしない」


「それは……!? 私が家で暗い顔をしていたらお父さんがもっと悲しむから」


 これ以上は彼女の話を聞かなくてもわかる。母親が家から出て行って行方不明になった後、未亜ちゃんの父親は酒量が増えて生活も荒れてきているらしいから、彼女が健気に振るまうしかないのだろう。


 悲しみに暮れて隣で涙を浮かべる女の子。こんな場面ならチャラい男だったらすかさず彼女を抱きしめ、そっと涙を拭いてやるはずだ。


 ……だけど隠キャな僕にはとてもそんな真似は出来ない。


「未亜ちゃん、この参拝の長い行列もまだ進みそうにないからさ。もし良かったらこれを使ってくれ」


「……宣人お兄さんのマフラーを!?」


「妹の天音お得意のハンドメイドのマフラーさ。どうも丈が長すぎて使いにくいんだ。余った部分を未亜ちゃんの首に巻いてほしい」


「……」


 彼女は無言で僕の余ったマフラーの先端を首に巻いた。長すぎる丈は未亜ちゃんの顔まで隠れるほどだ。


「……宣人お兄さんのマフラーとてもあったかいです」


 こちらの肩に身体を寄せる彼女。そのくぐもった短い言葉が涙声になっているのを僕はあえて聞かない振りをした。


 ……泣きたいときは思いっきり涙を流すほうがいい。


「初日の出だ!! 神社の境内でご来光が拝めるなんて新年から縁起がいいな」


「もうっ祐二お兄ちゃんったら大声出さないでよ!! 普段からうるさいんだから神社みたいな公共の場所では充分声のボリュームに気をつけて……」


 拝殿前の階段下から祐二たちが歓声を上げるのが背後から聞こえてくる。あいつが明け方に僕を誘った一番の理由が、鎮守様おちかんさまの背後にある森のむこうから神々しい姿を現していた。


 ……いよいよ新しい年が始まる。悔いだけは残さない行動をしたいと僕は心から思った。



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