女の子の部屋に夜這いを掛ける不届き者は即逮捕しちゃうぞ!!

 日付けが切り替わった明け方、目を覚ました僕、猪野宣人は唯一の親友である阿空祐二あくゆうじからメールで元日の初詣に行こうと誘われたんだ。


その話を同居人のオリザに知られてやむなく彼女も一緒に連れていくことになってしまう。新年早人混みの神社に出掛けて身体接触するリスクを避けたいと思い、妹の助けが必要と考えた僕は妹の天音の部屋へとむかった。


「あ、天音ちゃん、起きて!! 変な人から身体を触られたの。助けて……!!」


 部屋のベッドで寝ていたのは妹の天音ではなかった。悲鳴に驚いた僕は思わずその場で固まってしまった。


「おわあっ、天音じゃないとするといったいベッドで寝ているのは誰なんだ!?」


「そういうあんたこそ誰なのよ!! この不審者め。女の子だけの部屋に夜這いをかけるとかすぐに警察に通報するからね。うりゃ!! おとなしくお縄を頂戴しなさい~~!!」


 突如浴びせられる罵声に驚いて振り向いた先には……。


 部屋の電気が点けられ、室内の状況が視界に飛び込んでくる。あ、天音が僕の背後に立っているだと!? 


「待て天音!! これは勘違いだ。僕は夜這いをしに部屋を訪れたんじゃない」


「ええっ、宣人お兄ちゃん!? どうしてこんな明け方に妹の部屋にこっそり侵入してくるの。……さては未亜先輩のセクシーな寝姿を拝みにきたとか!! どっちにしても変態の行いだよぉ」


 み、未亜ちゃん!? ベッドで寝ていたのは彼女だったのか!! 


「……宣人お兄さんが私の寝姿を拝む?」


 ベッドの上で身体に毛布を巻き付けて、うるうると涙目になっている女の子の顔を確認してさらに驚いてしまった。


 天音の部活動の先輩で、現在は名門のお嬢様女子校に通う僕と同じ十六歳の猫森未亜ねこもりみあちゃん。その名前のとおり子猫のような愛らしい顔立ちもいまは戸惑いの表情が浮かんでいる。


「あああっ、未亜ちゃん、これは誤解なんだ。布団の中で寝ていた君を妹だと勘違いして肩を触ってしまったんだ。信じてくれ、僕は夜這いなんかしていない」


「……宣人お兄さん、床にこすりつけている頭を上げてください。急に布団の上から身体をまさぐられて、びっくりしただけなんです。私こそ確認せずにはしたない声をあげてごめんなさい」


 とっさにフル土下座の体勢で床のカーペットに全力で額をこすりつけている僕に天使のような言葉が降ってくる。


「み、未亜ちゃんは僕の言葉を信用してくれるんだね!!」


「はいっ!! なんてったってお兄さんは硬派な男ですし、天音ちゃんから大の女嫌いって聞いてましたから女の子の部屋に夜這いなんて絶対にするはずありませんよ」


 ふううっ!! 助かったぁ……。僕が例の能力ちからを周囲に悟られないために苦し紛れで作り上げた女嫌いキャラが役に立ったぞ。特に未亜ちゃんは純粋無垢な女の子なので妹の天音がする兄貴についての評価を信じ込んでいるんだ。


「なあんだおふたりさん、修羅場はもう終わりなの? 天音、警察に不審者を通報出来なくてつまんないんだけど……」


 おい妹よ。その手に持ったスマホから警察に通報する素振りをするのはやめろ。元旦早々に本気マジでしゃれにならない事態になるから!!


「じゃあ未亜ちゃんが天音の部屋でお泊まりしていたのを知らないのは僕だけだったのか」


「そうだよ、宣人お兄ちゃんは疲れたから早めに寝るって自分の部屋に戻ったから知らないんだよ。私が未亜先輩を家に呼んだの」


「でも年越しで今日は元日だけど、未亜ちゃんのご家族は大丈夫なの?」


 ……しまった!! また僕は空気を読まない発言をしたことを後悔する。未亜ちゃんの母親は行方不明になっているんだ。それにしても父親は家にいるはずなのになぜ彼女は年末に家を空けるんだろう?


「……父は大晦日になると旧知の友人の家に集まって飲み会をするのが毎年の恒例なんです。だから今回は家にひとりきりだった私を心配して天音ちゃんが連絡を……」


 そうだったのか。例年はお父さんが不在でも、お母さんといっしょに年越しを迎えられたけど今回は家にひとりぼっちで取り残される彼女を思って妹は家に呼んだんだな。細やかな気配りの出来る天音らしいや。


「それよりもお兄ちゃん。これから初詣に行くって件だけど祐二さんの作戦は筒抜けみたいよ。妹の香菜ちゃんから密告のメールが私のスマホに届いているもん」


 あちゃ~、祐二の奴、妹の香菜ちゃんに行動がバレバレなのかよ。僕が痴漢に間違えられながら苦労したのがまるでバカみたいじゃないか……。


「まあ、このメールであらかた想像はつくよ。宣人お兄ちゃんがこっそり天音の部屋を訪れたのもこの件なんでしょ」


「初詣ですか……。こんな明け方に出かけるなんて思いつきもしなかったです」


「そうだ、未亜先輩も一緒に神社でお参りしようよ。香菜ちゃんも参加するって言ってるし!!」


「うん、未亜もぜひいってみたいな。初詣は家族でしか出かけたことがないから」


「……じゃあ天音、着替えるだろうから出かける前に声を掛けるよ」


「うん、お兄ちゃん、ありがとう!! ……未亜先輩、私の服を貸してあげる。急なお泊まりだったから着替えが最小限しか持ってきてないでしょ」


「天音ちゃん、何だか目の色が変わってない? お人形の着せかえじゃないんだから」


「えへへっ、バレちゃったね。でも未亜先輩はとっても可愛いから等身大のお人形みたいで衣装映えすると思うの!! さあ天音に全部ゆだねて裸になりなさい」


「きゃあ!! 天音ちゃん、どこ触ってんの?」


 また妹の悪い癖が出たぞ。大の可愛い物が好きな天音は人形だけでなく人の洋服までハンドメイドで作るのが趣味なんだ。オリザの着替えやお散歩リードを仕上げるなんて朝飯前だ。おかげで母屋の一角には裁縫スペースまでこしらえて作業をしている。


 僕は彼女たちの嬌声を背にいったん部屋を後にした。

 個室部屋にオリザを待たせたままだ。この冬の寒さに見合った服装を彼女にも着させなければな。いくら自分を子犬だと思いこんでいても実際の犬みたいな自前の毛皮は生えていないから。


 例年になく騒がしくなりそうな初詣に想いをはせる。だけどそのときはまだ分かっていなかった。新年早々に神社で遭遇したある出来事が、これからの僕とオリザの運命を変えていく発端になるなんて事実を知るよしもなかった……。


 次回に続く。


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