ご主人様のひざまくらがいちばん気持ちいいから好き!!
「……やっべえ、うっかりソファーで寝落ちしちまった」
新年早々、はじめて口にした第一声は間の抜けたものだった。
僕――
「ううっ、何だか首が痛いな。……うわっ!! お、オリザ、いつ間のに!?」
身体に感じた痛みの原因は寝落ちしただけではなかった。気がつくとオリザが僕の膝の上で寝息をたてながら横になっていたんだ。僕が眠った後で隣に座ったんだろう。それがいつしかひざまくらの恰好になり、彼女の頭の重みでこちらの身体を動かせなかったから上半身が無理な姿勢になり首に負担が掛かってしまったのか……。
「……すう、すう。んっ!? ふわぁ、ご主人さまぁ、やっと目が覚めたんですね。 わん♡」
眠そうに片手で目をこすりながら僕を見上げるしぐさ。その子犬のような愛らしさに思わず見とれてしまう。オリザはよく膝枕をせがんでくる。隙あらば僕のそばにくるんだ。最初は照れくささもあり逃げ回っていたが、あまりのしつこさに根負けして最近は時間を決めて彼女のお願いを聞き入れるようになった。
「……オリザ、頼むよ。こっちが眠っているときは膝枕の不意打ちをしないって約束だろ。僕にも心の準備ってものが必要なんだからさ」
「んんっ、ご主人様の準備ってなあに? ひざまくらするとなにか困ることでもあるのかな」
「と、とにかく不意打ちは駄目なの。特に寝起きとかは色々と都合が悪い現象が起きる……。って僕に何を言わせるんだよ!!」
「わん、へんなご主人様。オリザ意味が分かんない」
賢明な男性諸君ならおわかりだろう。
「……まあそんなことはどうでもいいよ。寝落ちしたまま新年を迎えちまった。えっ、僕のスマホにメール通知がこんなに届いてる!! 何かの迷惑メールじゃないのか!?」
オリザの素朴な疑問を無視して、僕は傍らに転がっていたスマホの画面を確認した。あまりの驚きに思わず声が出たのはあり得ない通知を見たからだった。
「陰キャの僕には新年のあけおめメールなんて例年は一通もこないはずだ。まあ企業系のダイレクトメール以外」
「なにをそんなに驚いているの。ご主人様は?」
オリザが僕の手の中にあるスマホをのぞき込もうと、ぐいぐい身体を寄せてくる。ただでさえ散歩中でも距離感がおかしい子犬状態の彼女だ。
「ちょ、オリザ顔が近いよ!? スマホの画面が見えなくなるだろ」
慌てて彼女の身体を腕で押しのける。恨めしげなオリザの顔を僕はあえて見ない振りをする。
「……最初のメールは祐二の奴か。大晦日に会ったばかりじゃないのかよ。お前は僕の彼女かっ!? つうの。何々、これから初詣に行かないかって、まだ年が明けて間もないのに何を考えてんだよ」
「はつもうで?」
「ああ、オリザはその言葉の意味は分からないよな。年が明けて新年を迎えたら神社でお参りをするんだよ」
僕の言葉に怪訝そうな顔をするオリザ。普通の女子高生だったころの記憶を断片的に無くしている彼女には、抜け落ちている言葉も数多く存在する。何かの会話の拍子に思い出すこともあるが、こちらから説明してやらなければならない場面も多く存在した。
彼女との同棲生活が始まって以来、こんなやりとりを繰り返すうちに僕も慣れてきた。ヘレンケラーの物語よろしく知らない単語を教える先生役みたいな立場になっていたんだ。
「はつもうで……。 なんだか面白そう!! ねえねえオリザもいっしょにいっていい?」
う~ん。期待に満ちた目でこちらを見つめる表情。聞かれてしまった以上、ここで連れて行かないといったら面倒なことになりそうだ。そういえば昨日の大晦日も日中の忙しさにかまけてお散歩も短距離で済ませてしまったな。仕方がない。天音の協力も仰ぐとするか……。
「分かったよ。新年だし特別にロング散歩に連れて行ってやるけど。絶対に大人しくするんだぞ。それは約束なオリザ」
「わ~~いロングのお散歩だぁ。とってもうれしい。わん!!」
「じゃあこれから準備をするからちょっと部屋で待っててくれ」
「は~い、ご主人様!! ちゃんとおりこうさんで待ってます」
無邪気な子供みたいに喜びを身体全体で表現するオリザの姿に、僕は多幸感につつまれていた。そのまま祐二に返信のメールを返しつつ、ソファーに彼女を残して部屋を後にした。
*******
向かったのは母屋にある天音の部屋だ。僕一人では大勢の人混みの中を歩くのは大変だから妹に協力してもらうつもりだ。天音はまだ爆睡しているだろうけど。渡り廊下を歩きながら時刻を確認する。いつの間にか明け方近くなっていた。
天音の奴。こんな早くに起こしたら文句言うかな。おそるおそる妹の部屋の扉をノックした。当然返事は返ってこない。中に入らせてもらおう。
「……天音、宣人だけど部屋に入るぞ」
小声でつぶやきながら部屋の扉を開ける。室内は真っ暗で何も見えない。記憶にある家具の位置関係を思い浮かべながら慎重に中へと進む。妹のベッドはこの先か? 手探りの指先が柔らかい布団に触れる。ここで間違いない!! 布団の膨らみを手のひらに感じて天音が寝ているのを確認出来た。起きなければ仕方がない、身体を揺り動かして起こすまでだ。
布団の膨らみに沿わせていた手のひらに違う感触が伝わる。これは天音の髪の毛か? もう少し下の肩を掴んで揺り動かそう。
「おい、天音。悪いけど起きてくれ。話したいことがあるんだ」
「……んんっ? えええっ!! だ、誰なの!? いやああああっ!! 誰かに身体に触られた」
うわあああっ!! 悲鳴を上げたいのはこっちのほうだ。天音の奴、まさか寝ぼけてお得意の寝言でも言っているのか?
「あ、天音ちゃん、起きて!! 変な人から身体を触られたの。助けて……!!」
えっ、いま天音ちゃんって誰かに呼びかけたよね!? それに妹の声とは違う気がするのは僕の聞き間違いなのか。 待てよ、ま、まさかベッドで寝ていたのは妹じゃないのかよぉ……!!
ついに逮捕案件!? そんな次回に続く!!
☆☆☆作者からのお礼とお願い☆☆☆
この度はお読み頂き誠にありがとうございました。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
新年最初の更新です。 妹の天音のベッドで寝ていたのはいったい誰でしょう? 宣人やオリザははたして無事に初詣のお参りに行けるのか!! 次回もぜひお楽しみに。
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