ドキドキのクリスマスイブ。はじめてのおつかい♡

 待ちに待った冬休みと心から思える奴は陽キャな証拠だ。隠キャな青春をずっと送ってきた僕にとって長期間の休みは暇を持て余すだけだったから。


 特に今年はクリスマスイブが冬休みの開始と重なって、恒例になったクリぼっちの寂しさをよりいっそう際だてるんじゃないかと十一月のカレンダーをめくる瞬間も覚悟していたというのに……。


「うわ~~んわん!! ご主人様。どうしてオリザは車で待ってなきゃいけないの? 私もワオンモールでお買い物したいのに……。特にお友達のワンちゃんがたくさんいるドッグランで思いっきり走り回りたい」


「オリザちゃん、ごめんね。ペットショップの店先に併設されたドッグランであなたが他のワンちゃんを追いかけて走り回るのは問題になりそうだから我慢だよ。そうだ、美味しいおやつを宣人お兄ちゃんにおごらせるからそれで何とか機嫌を直して、ねっ!!」


「……ご主人様。おやつはいつもの甘い棒付きじゃなきゃオリザはヤダよ。それと天音と車でお留守番してるから早くお買い物を済ませて帰ってきてね!!」


「わかってるから、だからおりこうさんに車で待ってるんだぞ。天音、悪いな。あっ、それとメモに書いてある物を買ってくればいいんだよな」


「うん、絶対にセンスのいい選んできてね。頼んだよお兄ちゃん!!」


 ……どうして今年のクリスマスイブはこんなに賑やかなんだろうか? 新しい家族にオリザが加わっただけでこれほど違う日々が僕に驚きを与えてくれる。


「じゃあ手早く済ませるか。宣人。お父さんは食料品のフロアを先にまわるから、お前は自分たちの買い物をしなさい。……天音、オリザくんのことを頼んだぞ」


「は~い、いってらっしゃい。こらオリザちゃん。お兄ちゃんがいなくなるからってそんな露骨に不機嫌な顔にならないの。犬歯けんしみたいな八重歯がむきっ、ってなってせっかくの可愛いお顔がだいなしだよ」


「うっ、ううっ~!! ご主人様ぁ、早く帰ってきてね……」


 親父の出してくれたワゴン車の後部座席で妹の天音が暴れそうになるオリザの肩を押さえ込んでいる。今日は隣町にある大型ショッピングモールまで家族で買い物に出かけているんだ。


 クリスマスイブでの街中の喧噪けんそうは想像以上で、普段はそれほど混んでいないショッピングモールの駐車場も今日は満車状態だ。オリザを落ち着かせるために普段なら近隣にある公園までお散歩させることも多いが、混雑している駐車場の敷地内で、万が一にもリードを外れてしまったら大変な事故につながる。彼女は見た目相応の黒髪清楚な女子高生ではなく、中身は幼い子供のように一時たりとも目を離せない存在なのを忘れてはならない。



 *******



  ここワオンモールは県内でも最大級の大型ショッピング施設だ。妹の天音から聞いたことがあるが二階にはファッション関係の店が軒を連ねアウトレット商品もかなり充実しているそうだ。洋服にあまり興味のない僕には縁遠い場所だからめったにこのフロアには足を踏み入れないが……。


「あ、天音のやつ、何なんだよ、この買い物メモは……!?」


 妹から頼まれた買い物メモの内容を見て僕は思わず頭を抱えてしまった。そこに書かれていた品目は……。


「オリザの下着、上下セットを僕に買ってこいだと!? 可愛いのを選ばないと死刑に処すって、天音はいったい何を考えているんだ!!」


 折りたたまれていた買い物メモを車内で受け取ったときに内容を確認しない僕が迂闊だった。


 それに今日の天音の態度はどこかおかしいと感じていた。大の買い物好きな妹がクリスマスイブに車でお留守番を引き受けるなんて、何か策略があったからに違いない……。


 僕は天音にすっかりはめられたんだ。その証拠に買い物メモには長々とタイトルまで付けられている。


「宣人お兄ちゃんのドキドキなはじめてのおつかい。オリザちゃんの可愛い下着ブラパンセット購入のまき。だと……。ふ、ふざけんなあああっ!! そんな大それた買い物をこの陰キャな僕に出来るわけないだろっ」


 クリスマスムード一色に彩られたショッピングモール。その二階にあるセンターコートの広場で天音のむちゃブリな買い物指令に思わず大声で叫んでしまった。脇を通り過ぎる大勢の買い物客が投げかける無遠慮な視線が僕に容赦なく突き刺さる。


 あああっ、しまったぁ。思わず心の声がだだ漏れになっちまった!! あまりの恥ずかしさでその場で消え入りたくなってしまった。どこかに隠れる場所はないのか!? とても顔を上げられる状況じゃない。前を見ずにその場を急いで立ち去ろうとした瞬間。


「うわっ……!?」


「……きゃあ!!」


 しまった!? 進行方向に人がいたのに全然気が付かなかった。手に持っていた買い物メモが落ちたことにすら対処出来なかった。僕はぶつかった相手ともつれあいながらそのまま床に倒れ込んでしまった……。


たたた……」


「す、すいません。僕が前をよく見ていないばかりに。だ、大丈夫ですか? あああっ買い物メモが顔に!?」


 ……まさに考えうる限り最悪の事態だ。


 僕の手から滑り落ちた買い物メモがぶつかった相手の顔に飛んでいって、そのままぺったりと張り付いてしまった。天音のやつがご丁寧にセロテープで封をしていたのが仇になってしまったのか。それにしても小顔な女の人だな。便せん一枚のサイズでほとんど顔が隠れるなんて。いやいや、いまはそんなことに感心している場合じゃない!! 早く相手を助け起こすんだ。


「んんっ、前が全然見えないよ。何この紙は? 宣人お兄ちゃんのドキドキはじめてのおつかい。オリザちゃんの可愛い下着ブラパン……」


「あああああっ。僕の買い物メモを読み上げないでください!!」


「オリザちゃんって!? あれっ、宣人さんじゃないですか……」


「き、君は……!!」


 次回に続く。

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