私と一緒にゆず湯のお風呂に入ろっ♡
……オリザとの奇妙な同棲生活が始まった日からすでに三週間が経過していた。
その
これまで僕が十六年間生きてきたなかでも特に濃密な日々だと心から思えるのは当然のことだろう。例の
例の能力と言えば、妹の
「
「冬至って? そうか天音、ゆず湯に入る日か。もうそんな季節なんだな。別に食材の買い出しをする日だから僕はおつかいするのは別に構わないよ」
玄関の土間で学校に出かけようと靴を履きかけた天音から声をかけられた。ちょうど母屋には僕と妹しかいない。オリザは長時間のお散歩から帰ってきてすっかり満足したのか個室部屋でまた眠ってしまった。
「お兄ちゃん、今日だけ特別にオリザちゃんといっしょにお風呂に入っちゃえば!! 身体の芯までゆず湯でぽかぽかに温まるんじゃない……」
「ば~か、違う意味で僕がのぼせちまうだろ。オリザのお風呂係を同性のお前に一任してるのは何のためだ」
「へへっ、相変わらず硬派な宣人お兄ちゃんの男っぷりを未亜先輩に報告しなきゃ、これで好感度ポイントゲットだね!!」
「お前は往年のギャルゲーに出てくる情報通の妹キャラかよ。まったく」
「天音は主人公の攻略対象キャラじゃないから、こんなに可愛い女子中学生なのに残念っ!! て顔してるよ」
……あいも変わらず僕たちは兄妹の茶番劇を繰り広げていた。そのまま道化を続けていれば何も問題がなく思える。だけど本当にそれでいいのか?
「なあ、天音。僕はお前になんか無理をさせていないか?」
「……き、急に
妹は少しだけ困ったような顔をした。頭の回転が速い天音らしくない態度に僕は反対に戸惑いを覚える。
「じゃあ、悪いけどおつかいを頼むね。お兄ちゃん!!」
まるでそれまでの話しがなかったかのように、急いでその場を後にする制服の後ろ姿。僕ひとり玄関先に取り残されてしまう……。
天音は社交的で細やかな気配りの出来るタイプだと昔から思っていた。だけどその素養が開花したのは記憶に間違いがなければ、彼女が小学校低学年のころからだった。ちょうど例の能力で僕が悩みぬいたあげくに妹を対象に実証実験を始めた時期と妙に符合する。
これが僕の
*******
「……天音、僕はこれまで大きな勘違いをしていたよ。家族のなかで特異体質なのは自分ひとりだと思い上がってしまったんだ。厨二病的な選民意識でどこか自分が選ばれた人間だと錯覚していたのかもしれない」
「宣人お兄ちゃん!? 繰り返すけど何を言っているのか私には全然理解出来ないよ……」
僕の腕の中で天音が幼子のように激しくかぶりを振る。
「これまで僕に出来て妹のお前には出来ないって勉強でも運動でもなかったよな。そんな
「せ、宣人お兄ちゃん、そんなことは絶対にありえないよ。もっと自分に自信を持ては私なんかよりすごい才能があるって。そう天音は信じていたんだよ……」
「天音にそういってもらえるのはとても嬉しいよ。でも僕は決して自分を卑下しているわけじゃない。客観的な事実を述べているだけだ。出来の良い妹を持って誇りにすら思っている。それは決して嘘じゃない」
自分の首筋に妹の髪の毛が触れる感触が妙にくすぐったく思える。いつのまにかこんなに背たけも伸びていたんだな。
「僕は大事なことを忘れていたよ。昔話ついてにもう少しだけ話しを続けさせてくれ。……天音、お前が小学三年生の冬に友だちにお呼ばれしたクリスマス会から泣いて帰ってきた日の出来事を覚えているか?」
「私が小学三年生の!? ……そんな昔のことはとっくに忘れちゃった」
「顔に動揺が出るのは相変わらずだな。まあ人のことは言えないけどさ。別にいいよ。僕が最後まで話すから」
「……うん、ちゃんと聞いてるからお願い」
「当時のクリスマス会には友達同士でプレゼントを持ち寄って交換し合うのが通例だったよな。僕はそれが大の苦手で参加するのを敬遠しちまってたけど。友だちが多くて社交的なお前は違った。早めにおこずかいをやりくりして相手に喜んで貰おうと必死になってたよな」
「そうね。めっちゃ懐かしいな」
「そんなお前がクリスマス会から泣きながら帰ってきたんだ。あの日何が起こった?」
「それは……!? 絶対に言いたくないよ、お兄ちゃん」
僕の単刀直入な問いかけに天音は口ごもってしまう。そんな態度を目の当たりにしてしまうと胸が痛むが、ここから先に進むには仕方がない。
「天音、お前が参加したクリスマス会で、仲の良い女友達に手渡したプレゼント。そのすべてが相手のもっとも欲しい物を的中させたんだ。それも事前に聞いたわけでもないのに」
僕の指摘に妹の細い肩が小刻みに震え出すのを腕のなかに感じ取れた。
「……わ、私はみんなの喜ぶ顔がただ見たかっただけなのに!! それなのにプレゼントの包みを開けた友だちは天音のことをものすごく気味悪がって。自分たちの日記帳を勝手に盗みみたんじゃないのか? 口々にスパイみたいな疑いようで問い詰めてきたの」
僕は激しく嗚咽を漏らす天音をそっと抱きしめた。今の妹はまるで繊細なガラス細工のようにもろく壊れやすく思えたから。
「だからお前はあの日から他人の感情を読みとる能力を使うことをやめたんだな。僕が悲しみの感情を視るのを意識的に封印したみたいに……」
「宣人お兄ちゃん、私はいっぱい努力したよ。視えることを捨てて普通の女の子になろうって。ずっと苦しかったんだ。だけど止めようとしても相手の考えが先に読めて頭の中に流れ込んでくるの。こうすれば相手が喜ぶって分かりすぎる。だけど口には出せないつらさ……」
一気にダムが崩壊するみたいに妹のこれまで秘めていた想いが記憶の
妹が過去に見ていた記憶が
【本当に気が利くね。お父さんの後を次ぐのはきっと天音ちゃんだ!!】
その何気なく投げかけられた言葉がどれほど妹を苦しめていたのか……。
間接的に自分にむけられている嫌みの言葉だと安直な勘違いをしていた僕は本当に愚かな
*******
「宣人お兄ちゃんも早くお風呂に入ってきて、じゃないと洗濯物が出来ないから」
天音がリビングで夕食の片付けをやりながら僕に声をかけてきた。
「オリザが僕の部屋にいないけど、いったいどこにいるんだ。今日は冬至だから天音といっしょにゆず湯に入るんじゃなかったのか?」
「あ、ええっとね。オリザちゃんは今日お風呂に入れない日みたい。それと今晩から数日間だけ天音の部屋で彼女は寝るからそこんとこよろしくね」
「何だよ、意味が分んねえな。まあいいや。たまには一人部屋のほうが騒がしくなくて僕もせいせいするし……」
「またまた、お兄ちゃんったら無理しちゃって、オリザがいなくて寂しいよぉ!! って顔に書いてあるよ!!」
「さ、寂しいもんか……!! うるさいな天音は」
親父はすでに晩酌を一杯やってソファーで寝てしまっている。天音が毛布を用意しながら部屋で寝ないと風邪引くよ。と親父に声を掛けていた。そんな光景を横目に僕は風呂場にむかう。浴室に一歩足を踏み入れた瞬間、ゆずの豊潤な香りが鼻腔をくすぐった。
「ゆず湯ってのもたまにはいいもんだな。オリザに入らせてやれないのがすごく残念だ」
洗い場の椅子に腰かけ身体をを洗おうとしたその時、脱衣所に入って来た人影が浴室の扉越しに見えた。親父でも起きて歯磨きにでも来たのか? と思ったら風呂場の扉が開き、まさかの人物が湯気のむこうに顔をのぞかせた……。
妹の天音が浴室へと乱入してくる。
「宣人お兄ちゃん!! 天音と一緒にお風呂入ろっか♡」
「え、ええっ!? ちょっ、ちょっと待ってよ……!!」
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