友よ。君が僕に差し伸べてくれた手。
「
「
「おおっ珍しいな!? どういう風の吹き回しなんだよ宣人。あっ、でも俺はワイロなんかで
「別に弁当はワイロのつもりじゃないよ。今朝おかずを作りすぎただけなんだ。言ってみればまあ余り物だから……」
今朝の僕は明らかにどうかしていたな。いつもの朝と
ああ、僕が調子が狂わされた原因は分かっている。あの不思議な女の子と親公認で同棲を始めたせいだ。
僕の同棲相手はS級美少女な女子高生。そう聞けば誰しも羨むだろう。リア充野郎、爆発しちまえ!! って早合点するかもしれない……。
だけどちょっと待ってくれ。その美少女が自分を犬と思い込んでいるとしたらどうする? 彼女を家に連れてきた親父は、自分の亡くなった親友の忘れ形見の娘さんだと言っていた。ある出来事によって記憶の上書きがされ、普通の女子高生だった記憶を失ってしまったと。
そんな新しい同居人のためにいつもよりおかずを多めに作ったなんて、かなり照れくさくて僕の数少ない親友であるこいつにも言えないな。
「おお、サンキューな。あっ宣人、話は終わってないぞ。さっさと立ち去ろうとするんじゃねえ!! ……俺が言いたいのは、あのお嬢様校の誉れ高い
すでに二限目の授業が始まろうとしている教室に僕は何気ない素振りで入ろうとした。なるべく自分の存在を消して目立たなくする
それなのに、目の前で声を荒げているこいつ――
例の能力のせいもあって中学、高校と積極的に友達は作らないつもりだった。
そんな見えない壁を四方八方に張り巡らせた僕の前にこいつはいきなり現れたんだ。中総高校に入学してすぐの出来事だった。ちょうど今日と同じで二限目の授業が始まる前の休み時間だったな。祐二との出会いを僕は追想する。
*******
「……おい、
休み時間は机に突っ伏して眠るか、たいして読みたくもない小説に没頭するふりをして一人っきりで過ごすのが日課になっていた僕は、自分が声を掛けられたとは思わなかったからそのまま本に視線を戻し読書を続行した。
「おいおい、ガン無視しないでくれよ。猪野宣人くん」
「な、何? 僕に用があるの」
声の主の顔を見て僕は身構えてしまった。あからさまなこちらの動揺が相手に伝わったはずだろう。
「そんなに身体をこわばらせないでくれよ。なにも取って食いやしないから。ちょっと君に話があるだけさ」
「ひっ……!?」
「なっ、どうしたんだよ!!」
祐二は何気ないしぐさでこちらの肩に腕をまわしたはずだ。だけど身体に触れられた瞬間、僕は反射的に彼の手を思いっきり振り払ってしまった。まるで若鮎のように身をひるがえしながら席を立つ。その拍子に座っていた椅子が倒れ、後ろの机にぶつかり耳障りな金属音をたてる。
休憩時間の教室内、それまでの喧噪が一気に無音になった。まわりの生徒たちの視線が僕たち二人に集中するのが感じられ、予期せぬ状況に戸惑いを隠せない。
「……あ、うああ」
「なんだ、入学早々にケンカかよ、祐二」
「ば~か。ちげーよ。……猪野くん、ごめんな。ちょっと表に出ようか」
まわりの友だちからの問いかけをさえぎり祐二が僕に目配せを送ってくる。その穏やかな目はケンカをふっかけている
――中総高校伝統の長い渡り廊下。午前の陽光が差し込む場所に僕たちは移動していた。さしむかいに佇む祐二の制服の襟元、少しくせっ毛な彼の髪の先端も窓からの光を浴びて明るいアッシュ色をさらに際だたせている。驚くほど肌も白い、下手な男性アイドル顔負けだ。これほどの美形ならカースト上位で、何気なく耳にする教室での会話でもクラスの女子が祐二のことを話題にするのも納得がいくな。
「で、僕に話ってなんだよ」
「俺の妹を助けてくれてありがとう。兄として恩人のお前にちゃんとお礼を言いたかった」
こちらにむかって深々と頭を下げた後で、祐二の口から出た言葉に僕は面食らってしまった。
「えっ、君の妹を助けた? この僕が……」
彼の話から意外な事実を知ることになる。
妹の天音。市内の中学に通う女子中学生だ。偶然、祐二の妹も同じ三年生のクラスに在籍していて、天音ともとくに仲の良い友だちだそうだ。妹が我が家で主催する恒例のお泊まり会にも毎回参加していることを僕は彼から聞いて初めて知った。
「俺の妹が中学校からの帰り道で乗っていた自転車がチェーンが壊れて立ち往生しているのを、たまたま通りかかった猪野くんに助けてもらったそうだな。その上、妹を家まで送り届けてくれて本当にありがとう」
その話を聞くまで完全に忘却の彼方だった。
「えっ、でもなんで助けたのが僕だってつきとめられたの?」
「本当に奇遇だけど俺の妹は君の家にもよく遊びにおじゃましているらしいな」
「……ううっ、世間は狭いっていうけどさ。妹さんと天音が親友同士なんて」
「
晴天の
「なあ、猪野くん。いや宣人と呼ばせてもらうよ。お互いの妹同士も仲がいい。これもきっと何かの縁さ。……俺と今日から友だちになってくれないか」
生まれついで人間が持つ優れた資質。その差は確実にあることを知った。先ほど教室で何気なく僕の肩にまわした彼の腕のように、優劣のマウントを取るとかじゃなく、まったく邪気のない物腰で人の心にするりと入り込める人間がいるってことを。
まさにいまの彼がそうだ。
僕は己の持つ例の
「……ああ、そうだな。宣人は自分の身体に触れられるのはめちゃくちゃ苦手みたいだから。別に親愛の握手はしなくても構わないぜ」
彼は僕にむかってまっすぐに伸ばした腕をゆっくりと降ろした。
「祐二、僕へのおさわりはハイタッチぐらいなら大丈夫さ」
「なんだよそりゃ宣人よ。お前は俺の推しアイドルじゃねえし。ガードのお堅い塩対応イベントかっ!?」
「ははっ、じゃあ裕二の手のひらを出せよ」
「おうよ!!」
パンパ、パン……!!
お互いの手を合わせる小気味よい音が長い渡り廊下中に響いた。
高校に進学した陰キャの僕に初めての友だちが出来たんだ。これが大事件と呼ばずにはいられないだろう……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます