第二十九話 魔王降臨

 マーガレットが叫んだ直後、真っ赤な鮮血が舞うと同時に、ハカナの目の前でイキリーナが膝から崩れ落ちた。


 その足からは血が溢れている。


「ハカナ...何をした......?」


「あなたの魔力を吸収しただけです。魔力で脚力を強化したようですが、いきなり吸収されたせいで体が対応出来なかったのでしょう」


 ハカナはイキリーナを見下しながら淡々と語った。


「マーガレットさん失礼します」


 ハカナとマーガレットの視線が合い、ハカナはあのペンダントを優しく撫でた。


 マーガレットの体から紫に光る細い糸のようなものが出て、ペンダントに向かって伸びていく。


 それはマーガレットの魔力だった。


「ありがとうございますマーガレットさん。では逃げて下さい。もう終わらせます」


 ハカナはペンダントを握り、天に掲げて勢いよく振り下ろす。


 だが直後にその行動は止まった。


「まっ......待つんだハカナ! わたしに歯向かっていいのか!! お父様を見捨てるつもりか!!」


「五月蝿い!!」


 ハカナの震えた叫びが研究施設に響いた。


「ハカ......ナ?」


「私がお父様を見捨てる? そんな事するわけないでしょ!」


「じゃあ——」


「五月蝿いイキリーナ! お父様もういない、あなたが殺したのでしょ」


「——ッ!?」


「あなたはあの時、言う事を聞けばお父様の傷を治すと言った。ただそれだけ、殺さないとは言っていない」


「——バレていたのか」


「この一週間であなたの性格も、考えも、嫌と言う程理解しました」


 ハカナは目に溢れんばかりの涙を浮かべていた。


「私はあなたを許さない。だから——」


 だからハカナは、魔力を吸収させたペンダントを勢いよく振り下ろした。


 パシッ


 ペンダントがハカナの手を離れる瞬間、誰かがハカナの手を止め、ペンダントを奪った。


「誰が——」


 顔を上げてハカナは体を硬直させる。


「コイナ.....?」


 そこにいたのは彼女の幼馴染であるコイナだった。


「クッ...クククク...いや〜よくやったよコイナくん。上出来だ」


「えっ......嘘...」


 イキリーナは足の傷を癒して立ち上がった。


「おや? おやおやおや?? 随分滑稽な顔をするじゃないかハカナ。そんなに驚いてくれるだなんて、わたしもサプライズを準備した甲斐がありましたよ」


「なんで......?」


「わたしは人を操ったりするのが得意なんですよ。こんな風に」


 イキリーナが少し指を動かすと、コイナがハカナの右頬を殴った。


「どうです? 面白いでしょう」


 ハカナは後ろに倒れて、ゆっくりと自身の頬を撫でた。


 そしてその顔は、今起こった出来事が理解出来ていないのか、固まったまま動かない。


 ただずっとコイナを見つめていた。


「補足ですが、彼一応意識もあなたの記憶もあるんですよ。自分の大切な人を、操られているとはいえ自ら殴る。いや〜どんな気持ちなんでしょうか」


「イキリーナ!!」


 そんな光景を見ていたマーガレットが声を上げた。


 背後には影で作った巨大な刃が何本もあり、その全てがイキリーナに向いている。


「いいのですか? それを放てばハカナも巻き込まれますよ。それにわたしが触れられなくともコイナくんは違う。操ればあなたとも戦えますし、戦闘経験のない彼の体を無理にあなたレベルに合わせるとなると......まあ四肢がバラバラになった人間を見るのも悪くはない...ですね」


「クッ——」


 何も出来ない悔しさで、マーガレットは歯を食いしばった。


 マーガレットの中のイキリーナに対する怒りだけが募っていく。


「おお怖い怖い。でも、何も出来ない」


 ニヤリとイキリーナは笑みを溢した。


「さて茶番も終わりです。魔王クロムこそいないが、ペンダントの回収が出来ただけよしとしましょうか。幸い、奴の居場所は判明しているわけですし、このペンダントさえあれば——取り敢えず、この国で試運転といきますか」


「やめて!」


「もう遅いですよハカナ。それに王が雑にゴロツキ共を集めたこんな国なんて、滅んだ方が世界の為だ」


 イキリーナがペンダントに触れると、ピキピキという音を鳴らしながらヒビが入っていく。


「魔法は魔力あってのもの。この国全員にかけていた魔法から魔力を吸収して——」


「やめ——」


「破壊する」


 直後、大きな爆発音が響くと同時に、薄暗かった研究施設が明るくなっていく。


 地下の天井が壊れ、太陽の光がハカナやマーガレットたちを照らした。


「ヤッべお城半壊しちゃった。これやばいよね、この城って保険入ってたりしないかな?」


 マーガレットの目の前に黒髪の青年が空から降り立つ。


「なんとか誤魔化せないかなぁ」


 その声を聞いて、顔を蕩けさせ悦に浸る者もいれば、手を止め絶望を感じる者もいた。


 そして希望を抱く者も。


「よっ。ただいまマーガレット」


 魔王クロム=クロシュバルツ、降臨の瞬間であった。

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ニートが魔王になったので異世界で終活頑張ります! 碧羽ユウタ @aobayuuta

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