第二十八話 復讐の時間 その2

「何処に......行っていたのですか?」


「自室で今晩の準備をしておりました」


 イキリーナに呼び出され適当な言い訳をするハカナ。


「本当ですか?」


「はい」


 イキリーナの顔が迫って来るが、ハカナの表情は変わらず平静を装っていた。


 互いの視線がぶつかり合い、沈黙がその場に流れていく。


「......まあいいでしょう。それでは今晩もよろしくお願いしますよ」


「精一杯、ご奉仕させていただきます」


 ハカナはイキリーナの目の前で土下座をする。


 そうするように躾けられたからだ。


 だがこんな屈辱は今日でお終い。


「それでは失礼いたします」


 ハカナは静かに退出し、城の廊下を歩いていく。


 外はもう暗くなっており、空に浮かぶ少し欠けた月が城を照らしていた。


「もうすぐ終わらす......何もかも...私の全てを」



 ◽️◆◽️◆◽️◆



「もう...朝......」


 所々が湿っている乱れたベッドの上でハカナは体を起こした。


 すでにイキリーナの姿はなく、ハカナはメイド服に着替え、一人でベッドの上を片付けていた。


 数分が経ち片付けが終わったハカナは廊下に出る。


「静か......」


 イキリーナが来る前は、使用人たちが廊下を行き交い城も活気に溢れていた。


 それが今は驚く程静かで、そしてハカナ以外に誰もいない。


 辺りにはハカナの足音だけが孤独に響いていた。


 城の調理場へと着いたハカナは、朝食を作りそれを口に運んだ。


 これが最後だと思いながら。


「そろそろですね」


 食べ終えたハカナは、城の地下、研究施設に通じる場所へ移動する。


 イキリーナが地下に訪れる時間は基本的には決まっていない。


 だが朝のある時間にだけイキリーナは必ず地下へ足を運んでいた。


 何故その時間なのかは分からないが、ハカナにとって都合がよかった。


 イキリーナの行動を監視しないで済むからだ。


「ふぅ」


 イキリーナの部屋にある本棚の前でハカナは深呼吸をする。


 そして本棚に手を当てて魔力を流す。


 ゴゴゴという音と共に本棚が開き、地下に繋がる階段が現れた。


「いってきますお父様」



 ◽️◆◽️◆◽️◆



「——来た」


 マーガレットの目線の先には銀色の甲冑姿をしたイキリーナが歩いている。


 見た目はガザリウス王そのもの。


 そうマーガレットが思った時だ。


「あっ、変わったね」


「そうですね」


 ガザリウス王の顔が溶け、中から別の顔が現れる。


 頬のこけた顔。ハカナが言っていた特徴と同じだ。


「あれがイキリーナ本人の......」


 イキリーナは辺りを見回しながら、研究施設の中心部へと向かって行った。


「部下は......いないようですね」


「そうだね。もうやっちゃう?」


「やっちゃう」


 マーガレットは影に魔力を集中させて辺りに広げていく。


 イキリーナにバレないようにゆっくりと、ゆっくりと。


 そして——


影に囲まれた世界シャドウワールド


 数え切れない程の影の刃が地下を覆い尽くす。


「うぁあああああああ」


 イキリーナの悲鳴が辺りに響いた。


「やった?」


「いえ。まだ死体を確認するまでは——」


「それはいい心がけだ」


「——ッ!?」


 マーガレットが振り向くと、そこには先程悲鳴をあげていた筈のイキリーナが立っていた。


「この顔では初めましてかな? どうもイキリーナと申します」


「いつから......」


「最初からです。ちなみに先程の悲鳴はわたしの部下のもの。残念でしたね」


影操シャドウマリオネット!」


「おっと」


 マーガレットは鎖の形に変化させた影をイキリーナに向けて飛ばした。


「おや、お見事。流石魔王クロムに仕えるエルフだ」


 イキリーナは自身に向かってくる影を全て躱す。


 ただそれだけ。


 奴はマーガレットの攻撃に反撃する動作すら見せなかった。


「避けてばかりなのですね」


「ええ。わたしは貴女たちを殺したくとも指一本すら触れられないので。まったく、厄介な誓いですね」


「誓い...?」


「おっと。口が滑ってしまいましたか」


 イキリーナはまるで舞台の上で踊るように影の鎖を躱した。


「まあ貴女に触れられなくても、わたしの狙いは貴女じゃない」


 イキリーナの視線がマーガレットから左の方へと移動する。


 そしてその先にいるのは——


「逃げて下さい! ハカナさん!!」


 マーガレットがそう叫んだ直後、真っ赤な鮮血が宙を舞った。

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