第2話 推しを救うために2
「そもそも戦争を起こさせなければ良いのでは……?」
大前提として、オニキスが主人公たるプレイヤーに倒される原因は、反乱の首謀者だからだ。モンスターも凶暴化しているし、オニキスを倒せば英雄になれるし、プレイヤーにとってはオニキスを倒すメリットはあっても、デメリットは無いに等しい。プレイヤーにとっては、いわば魔王を倒す感覚に近いのだ。
だが、もしもオニキスが戦争を起こさなければ?
幸運なことに、俺は、「まだ反乱を起こしていない、戦争を起こす前のオニキス」と知り合ったのだ。であれば、オニキスが戦争を起こそうとする原因を突き止めることさえできれば、どうにかしてオニキスとプレイヤーが対立する未来を避けることができるのではないか。
「よし、決まりだな」
となると、俺がするべきことは――。
「おはよう、オニキスさん」
「おはようございます、ジョン」
翌朝、俺はさっそくオニキスに挨拶をした。挨拶くらい誰でもするだろうって? ぼっちを舐めるなよ、挨拶だって大変なんだ。相手から先に挨拶されてしまった日には、なんて返せばいいのか分からずに右往左往してしまうくらいには大変な行為なんだよ、挨拶ってのは。
「オニキス……さんは、最近なにをして過ごしてるの?」
危ない、うっかり呼び捨てにしてしまうところだった。
さて、オニキスが反乱を起こさないように、俺が「いま」するべきこと。それは、オニキスが反乱を起こそうと思ったきっかけを、なるべく自然な形で聞き出すことだ。そのために、まずはお友達にならなければ。
「最近ですか? ……最近は、その……いえ、鍛錬をしていることが多いですね」
「鍛錬かぁ。俺は最近サボり気味だからなぁー。ちゃんとやらなきゃなぁー」
絶対に何か隠しごとをしているような言い方だったよね、今のセリフ!
だが残念、俺は最近のオニキスが何をしてるのか知ってるんだぁ! ぐへへ。
「もしかして、活動、うまく行ってないの?」
活動、という言葉を聞いて、オニキスの目の色が変わった。
オニキスは騎士団長という立場を手に入れてから、あるいは騎士団に入団したその日から、その立場に付随する権力を用いて、スラム街の解放――正確には、スラム街の住民の救済を訴えかけていた……という情報が、ゲーム内で公開されている。たしか、ジョンが死ぬ間際の、走馬灯のシーンだ。
「活動、と呼べるほどのものではありませんが……ご存じ、だったのですね」
オニキスが少しだけ項垂れたように言う。俺はそれに、明るい調子で「まぁね」と返した。
少しの沈黙が落ちる。
問いかけたは良いものの、後に続ける言葉を考えていなかった。俺のバカ!
「あなたも、これは無駄な行為だと……無駄な活動だと思いますか?」
「あなた『も』、ってことは、他の人にはそう言われたんだ?」
オニキスは、少しだけ動揺したように瞳を揺らしてから、半ば諦観を宿した目で俺を見上げた。
オニキスの訴えが、今までどのように扱われてきたのかは、だいたい想像がつく。
オニキスが訴えかけてきた相手は、おそらく貴族だ。スラム街の解放だなんて大きな仕事は、貴族か資産家にしかできないだろう。実際に動員される人員は市民になるだろうが、スポンサーは必要だ。
貴族連中は基本的に、現在の栄光を少しでも長引かせることに必死な連中である。言ってしまえば、現状維持ができれば、それでいい。そんな半ば腐った考えを持っている貴族連中に向かって「スラム街のために尽力してくれ」なんて訴えたところで、ことが上手く運ぶとは思えなかった。
「……訴え続けることが無駄な行為かどうか、俺には分からない」
オニキスからの問いかけに、俺は正直に答えた。
オニキスの地道な活動がいったいどんな成果をもたらしているのか、俺は知らない。ただ、おそらく彼女の活動はどうやっても上手くいかなかった。その結果として、武力によるスラム街の解放という強硬手段に出たのだろう。
「……難しいな。ごめんね、力になれそうにない」
「いえ、構いません。……そうやって、真剣に考えてくださる方がいると知れただけでも、大きな収穫でした」
ありがとう、と彼女は儚い笑顔を浮かべた。
……うーん、納得がいかない。やるせない、という言葉が相応しいかもしれない。
「オニキスさん」
「はい?」
俺は口を開きかけて、迷った。俺が今から言うことは、どこか無責任であるように思えたからだ。
検証もなにもなされていない、もしかしたら徒労に終わるかもしれない行動を彼女に勧めるのは、いかがなものか。確信の無い希望を見せるのは、いかがなものか。
それでも、俺は彼女の「こんな」顔は、あまり見たくなかったのかもしれない。
「民衆に、市民に訴えかけてみるのはどうだろう」
「……民衆に、ですか?」
民衆、あるいは市民に訴えかける――オニキスはおそらく、今まで貴族連中にしか訴えてこなかった。これは俺の前世……地球で例えると、政治家にのみ訴えかけているようなものなのではないのか。
政治家は選挙で選ばれる。だから、民衆の動きには敏感だ。民衆の反感を買えば、次の選挙に当選できなくなるのだから、当然といえば当然である。
ゆえに、民衆が不安や不満を抱いている事柄に対してはきちんと対策を取らなければならないし、民衆の印象に強く残った社会問題ならば政府も動かざるを得なくなる。
この仕組みは、ある程度ならば、貴族制の社会にも適応される。
というのも、この国は議会制を採用していて、議会には「市民代表」という席が一席だけ設けられているからだ。一席しかない市民代表の意見がそう簡単に通るとは思えないが、少なくとも議会の公文書には発言した内容の記録が残る。
「つまり、民衆が動けば議会も動くんじゃないか、ってこと。貴族連中だって、反乱を起こされたらたまったもんじゃないからね」
そこまで言ってから、ハッと俺は口を噤んだ。
反乱、という単語を言葉にして口から出してしまった。別に反乱の話をしちゃいけないなんて考えていたわけではなかったけれど、なんだか気まずいというか、落ち着かない。
俺が反乱という言葉を使ったせいで、彼女に何かしらの悪い変化が起こってしまうのではないか――。
「なるほど、たしかに、戦争にはコストがかかりますからね」
俺の心配をよそに、彼女はあっけらかんと言ってのけた。
コスト、と、俺は口の中でもぞもぞと繰り返す。
なんとなく、彼女の口から「コスト」という単語が飛び出してくるとは思っていなかった。どちらかというと、「費用がかさむ」という文章のほうがしっくりくる。
「ありがとうございます。民衆に訴えかける……それも視野に入れて活動をしようと思います」
すっきりした顔で彼女が言う。
言い知れない罪悪感みたいなものを感じた俺は、思わず彼女から目を逸らした。
「あ、いや……役に立てたなら良かった」
彼女はもう一度だけ「ありがとうございます」と言ってから、騎士団の訓練場に向かって歩き始める。
俺も一応は騎士なので、騎士団の訓練場に向かうことになっている。目的地は、彼女と同じだ。
オニキスの斜め後ろを歩いていると、オニキスがおもむろに口を開いた。
「ジョン、私のことは呼び捨てで構いませんよ」
思わず言葉に詰まった。これは、お友達への第一歩を順調に踏み出せているのではなかろうか!?
「……じゃあ、お言葉に甘えて。オニキス、君も敬語じゃなくていい」
ダメ押しとばかりに、「俺たちは対等な関係だ」と続ける。
オニキスは初めて会った時と同じように呆気にとられた顔をしてから、ふわりと笑った。
「……よろしく、ジョン」
「こちらこそ、よろしく、オニキス」
とある春の日の、出来事だった。
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