第2話 推しを救うために

 オニキス、それが俺の推しの――このゲームのラスボスの名前である。

 そして、もうひとつ、気付いたことがあった。


「俺って悪役じゃん……」


 てっきり、モブ的な立ち位置に転生しているのだと思っていた。だって仕方ないじゃん。ジョンなんてよくある名前だもの。「あの」ジョンだって気付かなくたって仕方がない。


 作中にて一度だけ「ジョン」と呼ばれた彼は、モンスターによって構成されたオニキス率いる反乱軍の中で唯一の人間――オニキスの副官、将軍のポジションに収まっていたキャラクターだった。

 たしか中ボス的な立ち位置で、オニキスのもとへ向かうプレイヤーに軽々と倒されていたはずだ。言うなれば、肩慣らし用の悪役キャラである。ひとりで攻略することを前提に設定されたキャラで、さほど強いとは思わなかった。


 彼の役目は、プレイヤーに目標の再確認をさせることだった。死の間際に「オニキスを止めてくれ」とプレイヤーに懇願することで、プレイヤーはオニキスを倒す決意を、より一層強く固めるのである。

 つまり、俺が、プレイヤーがオニキス討伐へかける熱意に、拍車をかけてしまうキャラだということ。


「えぇー……そんなことってある?」


 しつこく何度でも言うが、オニキスは俺の推しである。彼女が死ぬところは、見たいけど見たくない。

 ……いや、違うんだ。誤解を招く言い方をしてしまった。


 推しだって人間なんだから、いつかは死ぬ。それに、ストーリーの展開上、もっとも効果的に死ぬシーンというものがあってだな……そういう「うつくしい」死であれば、俺はおおよそ文句なんてない。それはそれとして、でも推しには幸せに生きて欲しい。それが、「推しが死ぬところを見たいけど見たくない」という心理である。これは、オタク特有の葛藤かもしれない。

 それに、戦いの中で死ぬだなんて、物理的に痛い思いをするに決まっている。痛い思いはしないに限る。俺も痛い思いはしたくない。やるならスパッとやってほしい。


 とにかく、オニキスは反乱軍の首謀者だし、俺はオニキスの隣に立っている悪役その2なのだ。


「……俺が死ぬのは、まぁ別にいいよ」


 もともと、俺はこの世界の住民じゃないのだろう。現実では考えられないスピードで俺は強くなったし、生活コンテンツだって、今や専門家と話が合うくらいには極めている。この世界にとっては、異物みたいなもんだ。


「でもさ、オニキスは違うだろ」


 悪役になるべくして生まれてきた存在。悪役として死ぬことが確約された少女。ゲームシナリオという決まったレールの上を、そうと知らず歩かされている、ひとりの人間。


 「デス戦」はRPGというだけあって、ストーリーもそこそこ作りこまれていた。それぞれの話には小さなテーマがあって、それを総括する大きなテーマがあるのだ。

 オニキスのテーマは、「差別」だった。


 なぜ俺がオニキスを推しているのか、について話そう。

 オニキスは、とにかく正義のひとだった。ダークヒーロー、というやつだろうか。彼女には「スラム街の解放」という圧倒的なゴールと、「格差の無い平等な世界」という明確なハッピーエンドが見えていた。その理想の実現のため、彼女は身を挺して戦ったのだ。


 この世界において、スラム街は隔離された監獄のような場所だ。スラム街の現実を知っているのは貴族連中だけだが、貴族連中は当然のようにスラム街に興味など無い。

 オニキスは、スラム街の出身だった。だから、スラム街のことはよく知っている。「スラム街の出身である自分が騎士団長の座まで上り詰めることができたのだから、人の貴賤は出自で決まるものではない」――それが、彼女が心のうちに秘めていた情熱である。


 彼女の唯一の欠点は、モンスターの凶暴化を放置したことだろう。モンスターの凶暴化さえなければ、このゲームは、政治的駆け引きをするだけの物語になっていたはずだ。


「さて、と。これから、どうしたもんかな」


 オニキスを、どうにかして生き延びさせる道は無いものか――ここ最近、とはいっても2日間ほどだが……俺は、どうやってオニキスを助けるかという、そのことばかりを考えていた。


 最終的に主人公たるプレイヤーに倒されるオニキスだが、主人公より強くなってしまえば倒されないのではないか――これは、プレイヤーが「無制限のレベルアップ」という特性を持っている時点で、いつか詰む方法だ。


 人間の成長には限界がある。寿命という限界があるとか、そういう話ではなく、成長曲線は一直線ではないという意味での限界だ。

 ブレイクポイントと呼ばれる地点を通過すれば、人間は、なんかものすごく成長する。シグモイド関数だ。低迷期を超えて黎明期に入るイメージである。


 しかし、その黎明期であっても、無限に続くわけではない。ある一定のレベルを超えると、成長の余地、余白、伸びしろ――そういったものが少なくなってくる。微々たる成長はあっても、徐々に成長の幅は小さくなってくる。無限に成長し続けることはできないのだ。

 だが、プレイヤーはその法則を度外視してくる。努力すれば、その努力に比例してどこまでも強くなれる。ゲームの世界においてレベルアップ制度は普通のシステムだが、現実世界に置き換えてみると、ひどく反則的だ。


 これらを踏まえると、オニキスがプレイヤーより強くなればいいんじゃないか作戦は採用できないことがよく分かるだろう。


 次に、プレイヤーが弱いうちに全力で叩き潰せ作戦だ。プレイヤーに成長の余地を与えず、それこそ冒険の旅に出る前に――オニキスを倒せるほどに成長する前の時点でその命を刈り取ってしまえ、という作戦だ。

 残念ながら、この作戦もアウトだ。理由は簡単で、オニキスが倒れなければ、戦争が終わらない。


 ――いや、待てよ?


「そもそも戦争を起こさせなければ良いのでは……?」

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