第1話 転生したということ
転生した。大好きだったゲームの世界に。
理由は分からない。旅行中に事故に遭って――おそらく死んだのだろう、ということは理解している。
ゲームの名前は「ディスパリティー・ウォー・オンライン」、通称「デス戦」。名前に「デス(死)」がついているからといって、別に「死にゲー(プレイヤーキャラクターが死にまくるレベルの高難易度なゲーム)」というわけではなかった。なかったのだが、ひとりでゲームを攻略していた俺は、結構な頻度で死んでいた。
「デス戦」はサンドボックスライクなMMORPGだ。大勢のプレイヤーが一堂に会し、強大な敵に立ち向かうゲームシステムを採用している。MMORPGがどういうジャンルのゲームなのかという説明を求められたら言葉に詰まるが、とにかく大勢のプレイヤーが同じ時間、同じサーバーの中でコミュニケーションをとることが可能なゲームシステムを採用している、ということだけ分かっていればいいだろう。
そう、ひとりでゲームを攻略していた俺は、結構な頻度で死んでいた。MMOPRGはプレイヤー同士の交流が売りであるはずなのに、俺はひとりで遊んでいたからだ。
攻略班による手伝いもなく、複数人で攻略することを推奨されている敵にもひとりで立ち向かった。現実でも仮想世界でも、俺は大体ひとりぼっちだった。
別に、群れるのが嫌いだっただけだし。コミュニケーションがとれなかったわけじゃないし。
と、まぁ、俺の昔の話をしたところで誰も楽しくないだろう。俺も楽しくない。せっかくだから、これからの話をしよう。
ところで、ゲームの世界に転生したら、いったい人間は何をするだろう。
とりあえず状況把握はするとして、その後の話だ。
――そう、楽しむ。
せっかくゲームの世界に生まれ変わったのだから、これはゲームを楽しむしか道は無いだろう。
そんなこんなで、俺はゲーム世界を満喫し始めた。
せっかくだから楽しんじゃえ! と開き直ったのが、この世界に転生して「ジョン・カマル」という名前を授かってから、10年目のある日のこと――俺が10歳の誕生日を迎えて、数か月が過ぎた頃の話である。
***
それから8年の歳月が過ぎた。
8年間、いったい何をして過ごしていたのか。その答えは、「戦闘技術を磨きつつ、生活コンテンツに勤しんでいた」、だ。
ここで、このゲームのシステムについて説明しておこう。
まず、このゲームで採用されている戦闘システムは、ゲームとしては一般的な職業選択制ではない。職業は武器に依存するシステムで、武器を変更すれば職業も変わる。キャラクターごとに職業が存在するわけではなく、ひとりのキャラクターが、すべての職業を扱うことができるのだ。
とはいえ、戦闘中に職業を変更できるだけのシステム構築はできなかったのだろう。プレイヤーはギルドに赴くことで、何度でも無料で職業の変更ができるというシステムが採用されていた。
よって、生まれながらにして職業が決まっているだとか、一度職業を決めたらそのあとは二度と変更できないだとか、有料アイテムが必要だから課金しろだとか、そんなことは一切無く、俺は剣と魔術のふたつを練習することができたのだ。
もちろん、剣や魔術を使う以外にも、無数の職業が存在する。大剣、双刀、槍、短剣、弓、霊符、琴――有名どころはこのくらいだろうか。他にも、ヌンチャクとかあった気がする。
続けて、生活コンテンツについてだ。
生活コンテンツとは、魚を釣ったり、木を伐採したり、と、戦闘以外のゲームコンテンツのことを指す。草むらに蹲って薬草採集をしている不審者は、だいたい俺だった。
生活コンテンツの数はそれこそ数知れず、自由さが売りだった「デス戦」においては、むしろ戦闘コンテンツよりも生活コンテンツのほうがメインコンテンツだったと言っても過言ではないだろう。
具体的に何ができるかというと、釣り、採掘、伐採、採集、料理、錬金、貿易、航海、乗馬、研究、栽培、演奏……その他にも家を建てたり、空を飛んだり、クラフト要素もふんだんにあるし、海に潜ったりもできる。ただし、ストーリーとの兼ね合いなのか、モンスターテイム――モンスターを従わせることだけはできなかった。
というのも、モンスターテイムは、ラスボスキャラが持つ固有の能力だからである。
このラスボスキャラというのが、ものすっごく可愛くてカッコイイ、金髪金眼のイケメン美女なのだ。俺の推しである。同担拒否とか言わないから、皆もどんどん推していこう!
話が逸れてしまった。
ラスボスである彼女は、反乱を巻き起こす。目的はスラム街の解放だ。スラム街実質、隔離されている。病院も無ければ、商店も無い。どうやって彼らが生活しているのかについては、ゲームの中では触れられていなかった。
彼女は反乱を起こす際に、モンスターを使役した。これは彼女が悪魔ルークスと契約したがゆえに可能だった技で、彼女はその能力ゆえに魔王だなんて呼ばれることになる。
ラスボスである彼女自身が知っていたのか知らなかったのかは分からないが、この能力は、副作用として、周囲のモンスターを活性化、凶暴化させる作用がある。これにより一般市民にまで危害が及んでしまい、国、ひいては世界までもを敵に回した彼女は、最終的には主人公たるプレイヤーに倒される。――プレイヤーは、モンスターから市民を助けるために、ラスボスである彼女を討伐するのだ。
ちなみに、主人公が持つ固有能力は「レベルアップ」である。この世界には本来レベルアップなんてシステムは存在しない、という設定らしい。
現実世界においては、成長曲線は一直線ではない。目に見えてレベルアップなんてしないでしょ、と、公式SNSでは言っていた。妙なところでリアルである。
さて、過去の思い出を語るのもほどほどに、いま現在の話をしよう。俺はいま、婚約者候補を紹介するから執務室に来いという父の命令に従って、無駄に長い廊下を歩いている。これでも俺は領主の息子で、なんなら跡取り息子で、父は領主そのひとだ。屋敷もそれ相応にデカい。
立派な装飾が重々しい扉の前で立ち止まる。きっちりしっかりマナー通りのノックをすると、父の声が「入れ」と言った。
「失礼します」
扉を開ける。
扉を開けて正面に見える執務机には、いつもの通り、父親である領主が険しい表情で座っていた。父はいつもこの顔をしているので、おそらく生まれつきこんな感じの顔をしているのだろう。
いつもと違うのは、砂金のような金髪を肩に垂らした少女が、執務机の前に、俺に背を向けて立っていることだろうか。彼女は、入室した俺に気付いて振り返ると、身軽に体の向きを変えて、俺と向かい合った。次いで、その黄金色の大きな瞳で、俺を見上げる。
「はじめまして、ジョン・カマルさま。私はオニキス。このたび、騎士団長に就任いたしました。以後、お見知りおきを」
婚約者候補として紹介されるはずが、騎士団長就任の報告になってしまっていた。
まるで用意していたセリフを読み上げるように一息で言い切った彼女は、言い終わってしまった後は手持ち無沙汰になったのか、少しだけ視線をさまよわせる。
「はじめまして、オニキスさん。俺はジョン・カマルという。騎士団長ということは、俺の上司にあたる人だ。俺のことは、どうか、ジョンと呼んでほしい」
俺が名乗ると、彼女は呆気にとられた表情をした。そして、耐えきれないとばかりに小さく笑うと、「ジョンですね。丁寧な自己紹介をありがとうございます。ですが、名前は存じておりますよ」と言った。
最初に「はじめまして、ジョン・カマルさま」と名前をフルネームで呼ばれたのだから、確かに彼女は俺の名前を存じ上げているはずである。彼女の目には、俺はさぞかし不思議に……いや、おかしく映っただろう。
しかし、俺も動揺していたのだ。許してほしい。――彼女の名前に、俺はあまりにも、聞き覚えがありすぎた。
さて、ここで、俺の推しについて、もう少しだけ語っておこう。
――彼女の名前は「オニキス」。スラム街出身の、モンスターテイム能力を持つ、ラスボスだ。
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