第14話 賭け

 このネックレスに、賭けるしかない。


 マジック・エレファントの魔法攻撃の群れが迫る。


「オズさん……!」


 ルージュの悲痛な叫びに、「彼女には悪いことをしたな」なんてことを思いながら、俺はマジックエレファントの目を真っ直ぐに見据えていた。


 ――直撃は免れない。目だけを動かしてざっと確認した限り、4つほどの魔法の球体が俺に迫っている。赤、青、紫、黄色と、どうにもカラフルなくせに不気味さが拭えない。

 土煙が舞った。反射的に目を細める。だが……視界の隅で、たしかにネックレスの光を確認した。


「まったく、これで死んだら情けないにもほどがある」


 ネックレスに雷を封じ込めたまでは良かったものの、封じ込められた魔法を自分自身に対して使ってしまったことが原因で死ぬなんて、間抜けすぎるだろう。


「賭けは、俺の勝ちだったな」


 煙が晴れる。ネックレスにはさきほどの4種類の魔法が閉じ込められていて、そして俺は無傷だった。


 このネックレスは少なくとも同時に4種類の魔法を吸収、蓄積することができる。そして、おそらく任意のタイミングで、蓄積された魔法を放出、あるいは召喚することができるのだろう。


 検証してみる必要がある。

 魔法の放出先は任意の座標を指定できるのか、もしくは、最初に魔法を封じ込めた場所に再度出現させることができることが可能なだけなのか、の検証だ。


「ルージュ! さっき俺が立っていた場所まで、このゾウを誘導する!」

「了解です!」


 もしも、このネックレスが「ただ吸収した魔法を同じ場所に同じ威力で召喚するだけ」だった場合――魔法はさきほど俺が立っていた場所で再現されるだろう。もし指向性を持たせることが可能なのであれば便利だが、俺は直感的に、このネックレスは「そういうものじゃない」ことを感じていた。


 ひとまず、先ほどの落雷の二の舞にならないように俺が真っ先に移動する。ルージュにも俺が立っていた場所には近付かないように言い聞かせてから、かつ、俺の付近には近寄らないように言った。

 ネックレスが、封じ込めた魔法にある「俺を攻撃するという意思」までをも封じ込めていた場合、攻撃は場所依存ではなく、どうやっても俺に向かってくるはずだからだ。ルージュが巻き添えを食らってはいけないので、ルージュには近寄らないように強く言い聞かせた。


 俺が立っていた場所までマジック・エレファントを誘導するには、どう動けばいいのか。俺はさらに後退し、ルージュはマジック・エレファントの背中に回った。

 俺が壁際まで後退してやっと、マジック・エレファントが、先ほど俺が立っていた場所付近までやって来た。


 本日、二回目の賭けだ。だが、このネックレス無しにマジック・エレファントの攻略は不可能だと、俺の本能が叫んでいる。


「ぶっつけ本番とか、勘弁してほしいんだけどね」


 ――デバッグ。


 心中で唱える。瞬間、4種類の魔法が、前触れも無くマジック・エレファントの近くに出現した。

 だが、魔法はマジック・エレファントの少し手前に出現した。よって、魔法はマジック・エレファントに直撃することはなく、敵は怯んだように数歩後退するだけだった。


「同じ場所に、同じ威力で出現させるのか」


 俺は明確にマジック・エレファントへと意識を向けて魔法を放出した。このネックレスは十中八九マジックアイテムであるからして、普段、魔法を使用するときと同じような感覚で「魔法を放つ」ことができるはずだ。

 だが、ネックレスから放出された魔法はマジック・エレファントへ直撃しなかった。これが意味するのは、つまり、ネックレスに封じ込められた魔法たちは「魔法が封じられた時とまったく同じ状態で出現する」ということだ。設置型、あるいは起爆式の魔法だと思えば良いだろう。

 敵が正面にいるからといって、敵に向かって魔法を放つことはできない。代わりに、魔法を封じ込めた場所に敵を誘導しさえすれば、こちらのもの、というわけだ。


「それに、これなら……」


 何回まで魔法を吸収してくれるのかは分からないが、最低でも4種類の魔法を吸収してくれるこのネックレスは、マジック・エレファントによる魔法攻撃を一回は確実に防いでくれるアイテムと考えることもできる。

 つまり、だ。俺が魔法の詠唱をしている間、最低でも一度はマジック・エレファントによる魔法攻撃を無視できる。


「ルージュ、今から魔法攻撃の準備をする。巻き込まれないように注意して」

「はい!」


 少しでも長く詠唱時間を確保できるように、マジック・エレファントが放った魔法を避けきった直後のタイミングから、詠唱を開始する。マジック・エレファントが使用するスキルにだって、クールタイムが存在するはずなのだ。バカスカ攻撃してこないのが、その証拠である。

 クールタイムが存在するということは、マジック・エレファントが攻撃できない瞬間が存在するということ――その隙を狙って、俺は魔法の詠唱を開始する。


 最初の頃は唱えるのが恥ずかしかったこの呪文も、案外奥が深い詠唱内容に、今ではすっかり虜になってしまった。


 使うのは、重力に干渉する、土属性の魔法だ。簡単に言えば、上空から、ものすごい圧力をかけて地面に叩き落とす魔法である。

 重力関係の魔法は全て土属性に分類されるため、幸いなことに、雷属性を帯びているマジック・エレファントとも相性が良い。


「其は、羨望。其は、拒絶。……生きとし生けるものに、生命の限界を教えるもの」


 魔法は、実際に口に出して詠唱したほうが威力が高くなる。これは、俺自身の実験により確認済みだ。

 相手が人間であれば「どのような魔法を使うのか」がばれてしまうという欠点があるが、相手は知能の無いモンスターであるからして、今から使用する魔法を詠唱内容によって判別することはできない。


「――グラビティ」


 ――ナンビトたりとも、トぶことアタわず。


「今だ!」

「攻めます!」


 轟音と共に、マジック・エレファントの巨体が地に落ちる。グラビティとは、主に、空を飛んでいる敵に対して使用する詠唱だ。


 グラビティという魔法には「重力を操作する」という一種類の効果しか付属していないが、その効果については、詠唱により、ある程度の操作が可能になっている。あの詠唱方法であれば、魔法の有効範囲に入ったとしても、空を飛ばない生物には影響が無い。

 つまり、俺たちのように羽の無い生き物は、マジック・エレファントへ近付いても魔法の影響を受けない。通常通り、自由に動くことができるのだ。


 ルージュの双剣に、改めて土属性を付与する。黄金にも似て黄色く光った剣は、ルージュが剣を振りかざした勢いのまま、すんなりとマジック・エレファントの巨体に吸い込まれていった。

 袈裟に斬られた箇所から、マジック・エレファントの鮮血が溢れ出す。俺は血だまりに足を滑らせないよう気を付けながら、剣戟スキルを使用した。


 雄たけびを上げながら、マジック・エレファントが倒れる。


「ルージュ! トドメを……!」

「はい! お任せあれ!!」


 マジック・エレファントが倒れた際の衝撃をものともせず、ルージュが地面を蹴る。少し高い位置にあるマジック・エレファントの頭を目指して飛び上がった彼女は、マジック・エレファントの目から頭蓋に目掛けて、双剣を突き刺した。


 倒したか、なんてことは言わなかった。残心――そう呼べるものかどうかは分からないが、敵を倒したという確信が持てるまでは、油断するわけにはいかない。


「……やりました、かね?」


 たっぷり30秒は経った頃に、ルージュが呟いた。


「……確認方法が分からないな」


 マジック・エレファントの瞳孔を確認しようにも、剣を突き刺したせいで血まみれだし、なんなら目元は原型を留めていない。


「あっ、師匠! あそこ!」


 よそ見をするのはいかがなものか――俺がマジック・エレファントから目を離せずにいると、ルージュが「奥の扉が開いてます!」と嬉しそうに叫んだ。


 ボス部屋の、さらに奥の部屋――。


「装備の間か……」


 ダンジョンボスは装備の間を守っているモンスターだ。

 装備の間が開かれたということは、俺たちは無事に、マジック・エレファントを――ダンジョンボスを倒しきったらしい。

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