第13話 落雷
「オズさん!!」
ルージュの悲痛な叫び声が、室内に響く。
「くっ……」
しくじった。だが、後悔している暇は無い。
止まれない俺に迫る、マジック・エレファント――俺は虚空に向かってスキルを放ち、強制的にスキルモーションを終了させた。
地面を蹴って後退を図る。
「とりゃあああああ!!」
それは、ルージュによる、がむしゃらな突撃だった。
「弟子は、師匠のマネをするものなのです!」
それは、先ほど体勢を崩したルージュを助けた俺のような動きだった。
だが、彼女ではおそらく、体重が足りない。ルージュは体当たりのあとでマジック・エレファントの腹に双剣を突き刺しているが、マジック・エレファントはその程度では止まることもなく、ルージュがマジック・エレファントに引きずられている。
満足に地面を蹴る時間も無く、重心だけが後ろに傾く。
「っ……間に合わな――」
――しかし、結論として、マジック・エレファントによる足払い……鼻先による攻撃が、俺を襲うことは無かった。
尻もちをついた俺の前で、マジック・エレファントは大きく前足を上げ、上体を仰け反らせた。
「これは……!」
――憤怒状態に移行する時の、マジック・エレファントのモーションだった。
憤怒状態に移行する時、モンスターには一定のモーション時間が課され、その行動が制限される。モンスターの行動が制限されている間は、プレイヤーの攻撃によるダメージを受けることも無く、ただのモンスターごとに決められた映像が流れるようになっているのだ。
おそらく、ルージュの攻撃によって、マジック・エレファントのHP残量がちょうど三割を切ったのだろう。
――命拾いをした。
いつまでも尻もちをついているわけにもいかないので、すぐさま立ち上がって剣を構える。ボス級モンスターにしか存在しない憤怒状態だが、その憤怒状態のモーション時間は5秒あるか無いか程度だ。ぐずぐずしている暇は無い。
マジック・エレファントが、バサリとその大きな翼を広げ、羽ばたいた。
マジック・エレファントが羽ばたく度に、風が巻き起こる。俺は思わず腕で顔を庇い、目を細めた。
そういえば、ゲーム内でも一部、プレイヤーに行動制限がかけられていた。あの行動制限は、マジック・エレファントが羽ばたくことによって巻き起こされる風が引き起こした現象だった、ということか。
風が止んで、マジック・エレファントを見上げる。マジック・エレファントは悠々と、しかし目を爛爛と輝かせて眼下の俺たちを見据えていた。
マジック・エレファントの周囲には、魔力が固まってできた球体が浮遊している。たしか、あれがゆっくりとプレイヤーの方角へと向かって落下してくるのだ。ある一定時間はプレイヤーを追尾してくるので、厄介なことこの上ない。
剣などの武器で弾き返したり、受け流したりするにも限度がある。衝撃の範囲が広く、下手な方向に魔法の球体を受け流してしまえば、仲間に被弾してしまう可能性があるからだ。
おまけに、マジック・エレファント自身は上空に浮遊していて、ほとんど地上に降りてこない。これからは、魔法や弓などの遠距離攻撃を行なうしかなくなる。しかし、魔法には詠唱時間が必要だし、弓にも構える時間が必要だ。
魔法使いと弓使い、どちらも装甲が紙なので……被ダメージに弱くHPが少ないプレイヤーであることが多いので、盾となってくれるタンク役がマジック・エレファントの攻撃を受け止めたり、敢えて標的になったりすることで仲間を守る――そういった攻略方法が一般的だった。
だが、今ここにいるのは俺とルージュのみだ。ルージュは冒険を初めて間もなく、また双剣を用いて戦うため、上空の敵に対する攻撃手段を持たない。
唯一、俺が魔法を使える。俺の魔法でマジック・エレファントへのダメージを稼ぐのが手っ取り早いだろうが、ルージュは詠唱中の俺を守り切れない。
「……どうしたものか」
マジック・エレファントの攻撃が始まった。魔法の球体が落下してくるという攻撃それ自体はゆっくりなので避けやすいが、攻撃範囲が非常に広い。追従してくる攻撃を避け続けるのは、案外、集中力を要するものだ。
持久戦に持ち込まれれば、体力に限界があるこちらが不利になることは、先ほどまでの戦いですでに分かっている。
このままではジリ貧だ。俺は思わず顔を顰めながら、ちらりとルージュを一瞥した。ルージュは緊張した面持ちでマジック・エレファントを見据えている。その横顔に、まだ諦めの色は浮かんでいない。
――被弾を覚悟で、魔法を詠唱するか?
唱える魔法と作戦について、脳内である程度の組み立ては完成している。
重力系統の魔法を使って、まずはマジック・エレファントを地面に落下させる。その後は魔法攻撃を避けながらとにかく大ダメージを与える攻撃を続け、短期決戦を目指す。
「いや……」
この方法は現実的じゃない。たとえ重力系統の魔法でマジック・エレファントを地面に落下させることができたとしても、すぐさま上空に逃げられる可能性が高い。そのうえ、そもそもマジック・エレファントが落下してくれるのかどうか――。
「オズさん! 上!!」
「……え?」
飛び退るより前に、思考が停止した。
マジック・エレファントは、雷を纏っている。――どうして、その雷を応用した攻撃手段が無いと思っていたのだろう。
ゲームでは、マジック・エレファントはそんな攻撃をしてくることはなかった。――だから? だから、なんだというのか。もはや、「この世界」においてもマジック・エレファントは「ゲームと同じ攻撃しかしてこない」なんて保証は、どこにも無かったのだ。
それは、まさしく落雷と形容すべき攻撃だった。
ゲームのように、「足元に円形のマークが出て、攻撃範囲を教えてくれる」なんてことはない。ただ、魔力の流れが変わったことが感じ取れるだけである。
落雷の効果は分からないが、発生が早く、おそらくスタン攻撃を兼ねている。落雷のあと、他の魔法の集中砲火に遭うだろう。
しくじった、なんて考える間もなく雷が落ちる。いつもは遠くで聞こえてきたはずの轟音が、目の前にあった。
――キラリ、と、視界の隅でなにかが光った。
轟音、続いて衝撃――しかし、俺自身にダメージは無い。咄嗟にルージュのほうを確認するが、ルージュは必要以上に俺に近付くこともなく、落雷の影響は受けていないようだった。
「……なんだ……?」
落雷はただのエフェクトだった? いや、まさか、そんなはずはない。この状況で、わざわざ派手なエフェクトを演出したところで、マジック・エレファントにとっては何の得も無いからだ。
考えつつも、マジック・エレファントによる魔法攻撃を避ける。ふと、揺れるなにかが視界に映りこんで、俺は自身の胸元を見た。
――ネックレス。
服の中にしまい込んだはずのネックレスが、激しい動きのせいか、服の外に飛び出ていた。
「いや、まさか……」
激しく動いた程度で飛び出してくるほど、俺の服は安い構造をしていない。となれば、信じがたいが、「何らかの要因でネックレスが」
「お前が防いでくれたのか……?」
透明だった宝石が、今は黄金色に――まるで落雷を閉じ込めたかのように、煌めいている。
防いだ、という言い方は、相応しくないのかもしれない。最初は何も感じられなかった宝石の中に、今はすさまじいほどの魔力を感じる。その魔力量はおそらく、さきほどの落雷の時に感じたそれと同程度だ。
「攻撃を、吸収したのか……!?」
だが、吸収したところで、使い道が無い。おそらく、どうにかして、この閉じ込められた魔法を放出する方法があるはずだ。
「ルージュ!」
「分かってます! 時間稼ぎはお任せを!」
ルージュが勢いよく駆ける。俺のほうを向いていたマジック・エレファントは、動いているものを注視するという本能のまま、ルージュを目で追いかけた。マジック・エレファントの注意がルージュへと向かったことに伴い、魔法攻撃もルージュに集中している。
攻撃自体は、問題無く避けることができているようだ。落雷のような攻撃も、いまのところはあの一回だけだ。
俺は微動だにせず、長剣を左手に持ち替えてネックレスを確認した。魔法を放出するには、どうすればよいのか――ネックレスを裏返すと、台座の後ろに、文字を見つけた。
「アルファベット……?」
ゲームの世界の――この世界の文字ではない。俺が転生前にいた世界――つまり、現実世界における文字が、少し不格好に刻まれている。
「……デバッグ……?」
台座には、「debug」とだけ書かれていた。何とはなしに、口に出して読み上げてみる。
刹那、俺の目の前に雷が落ちた。
「うわっ……!?」
慌てて飛び退ったため直撃は免れたものの、びりびりと体の芯が痺れるような感覚がある。訳が分からないと舌打ちしようとした舌が、うまく動いてくれなかった。
さらに不幸なことに、先ほどの落雷による轟音で、マジック・エレファントの注意が俺に向いてしまったらしい。ルージュが必死に「ゾウさん、こちら!!」と、「鬼さん、こちら」と同じイントネーションで叫んでいるが、あまり効果は見られない。
痺れが少しずつ和らいでいっている感覚はある。だが、今動こうとすれば、十中八九、転んでしまうだろう。
マジック・エレファントの攻撃を避けることはできない。だが無情にも、マジック・エレファントは俺に向かって魔法を放つ準備をしているようだった。
「師匠!」
駆け寄ろうとするルージュを、目で制する。今ルージュが俺へ近付いて、俺への攻撃をふたりで一緒に食らってしまえば、もはや再起不能になってしまう。
どうやら俺の思いは、間違いなくルージュに伝わったらしい。ルージュはその場で急停止すると、存分に迷いを宿した目で、俺を見つめていた。
「だいじょうぶ」
このネックレスが何度まで攻撃を吸収できるのか、どの程度の攻撃を受け入れることができるのか、そんなことは俺には分からない。だが、このネックレスの発動が「一度きり」でない限り、俺はこの魔法攻撃を、少なくとも一種類は防げるはずなのだ。
俺は真っ直ぐに、マジック・エレファントを、睨むように見据えた。
このネックレスに、賭けるしかない。
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