第12話 ダンジョンボス戦
このボス部屋に閉じ込められてから、どのくらいの時間が過ぎたのか、分からない。
ルージュは、俺によるカバーが必要無い程度には回避が上手かった。マジック・エレファントの攻撃を回避しつつ、少しずつダメージを蓄積させていく――それは案外難しいことではなく、これはいけるかもしれない、なんて考えが脳裏を過る。
しかし、それは甘い考えだったということを、すぐに思い知ることになった。
マジック・エレファントは回復手段を持たないモンスターだ。しかし、複数人のプレイヤーで倒すことを想定されているモンスターのHP……体力の量はすさまじいらしい。
メインストーリーに登場するボス程度なら余裕で討伐が完了しているだろう規模のダメージを与えているはずなのに、マジック・エレファントはその猛威を陰らせることなくふるっている。
「……おまけに、これは……キツイな」
ゲームと違って、相手のHPバーが見えない。そのせいで、モンスターの残りのHPの量が分からないのだ。つまり、あとどれくらいで「憤怒」が発動するのか、自分たちの体力をどう配分すればいいのかが、分からない。
「攻めきれないな」
もし大技を使って、そが命中したとしても、そのあとが続かなければ意味が無い。その攻撃、一発だけで、モンスターが倒せるのかどうかの判断ができないからだ。
「あっ……!?」
「ルージュ!」
マジック・エレファントの鼻先が、ルージュの足元を掠めた。転倒まではしなかったものの、ルージュの体勢が崩れる。
俺は咄嗟に、突進攻撃の構えに入ったマジック・エレファントの横腹から体当たりをした。ゲームでは「体当たり」なんて技は存在しなかったが、ここはゲームであって、俺にとっての現実だ。
それに、相手も生き物である以上、構えを崩されれば攻撃はできないはず――うまくいけば、突進攻撃をキャンセルさせることができるかもしれない。
「すみません!」
「気にするな!」
一か八かだったが、マジック・エレファントは突進攻撃をしなかった。
計画は上手くいったが、「まずいな」と心中で零す。集中力が切れかけているのか、ルージュの動きが鈍くなっていた。この調子では、いつか大きな攻撃を食らってしまうことになるだろう。
おまけに、マジック・エレファントはまだ憤怒状態になっていない。マジック・エレファントのHPは、まだ三割以上残っている、ということだ。最悪の場合、一割とか二割とか、その程度の体力しか削ることができていない可能性もある。
「ルージュ、いったん下がって体力を――」
――あぁ、最悪だ。
マジック・エレファントは、標的をルージュに絞ったらしい。弱っている敵から倒してしまったほうが、生き残る確率は高くなる。なぜなら、敵をひとり倒すということは、結果的に、敵側の戦力を削ることを意味しているからだ。
マジック・エレファントの行動は、非常に理に適っていた。
「まさか、知能があるのか……?」
いや、そんなはずは無い。動物をモチーフとしたモンスターは、基本的に知能を持たない。つまり、弱っている敵から狙うという行動は、マジック・エレファントの本能に刻まれた命令なのだろう。
回避を主体としつつ、小さく攻撃を繰り返す。そして、こちらの身の安全を確保したうえでマジック・エレファントにダメージを蓄積していく持久戦――これは、俺とルージュのどちらが提案したわけでもない。「死なないために」流れでそうなっていただけで、これといって深い意図があるわけではないのだ。
ルージュの回避能力が低下している時点で、「死なないために」という前提は崩れ落ちた。これからは、いかに早くマジック・エレファントを討伐できるかに、俺たちの命がかかっている。
「ルージュ、マジックエレファントのヘイトがルージュに集まってる! 攻撃はやめて回避に専念してくれ! 俺は大技を放つ! 時間を稼いでくれ!」
「了解です!」
幸か不幸か、マジック・エレファントがルージュに集中してくれているおかげで、マジック・エレファントは俺に対してノーマークだ。今なら、やれる。マジック・エレファントの横っ面に、俺の、万全のスキルを叩き込める。
――スキル、烈火の構え。
烈火の構えは、10秒の間、攻撃力を上昇させてくれるスキルだ。
俺は慎重に剣を構える。きれいに型へと収まった剣術スキルは、それだけで技固有の能力がアップするということを、俺は知っている。
――スキル、疾風の一撃。
エンチャントによって土属性が付与された武器に、攻撃力に特化した剣術の攻撃スキルを重ねる。10メートルほどはあったはずのマジック・エレファントとの距離が、一瞬にして縮まった。
慣性の法則を利用して、後ろに構えていた剣を振る。剣先が風を纏って、斜め左下から右上に向かって、風が空気を切り裂いた。
――スキル、焔突き。
剣身が、一瞬だけ、燃えるように赤く光る。
俺の数倍は大きいゾウのくせに俊敏に振り返ったマジック・エレファントの左目を目掛けて、剣を真っ直ぐに突き出した。
――スキル、轟炎斬。
少しの火種から炎が広がるように、刃が紅く燃え上がる。
マジック・エレファントの叫び声も、肉を斬った感覚すらも遠ざけて、俺は剣を力任せに横へ薙いだ。
俺の攻撃により、マジック・エレファントの顔が上下に別れることはなかった。おそらく、マジック・エレファントは咄嗟に後退したのだろう。しかし、それなりに深手を負わせることができたはずだ。ルージュも離れた場所で待機して、呼吸を整えている。
マジック・エレファントが怯んでいる間に、俺もルージュのほうへ後退する。最低限だけポケットに突っ込んでいたポーションを、いくつかルージュに手渡した。
「ありがとうございます」
どーいたしまして、と適当に返事をする。この間も、マジック・エレファントから目は離さない。
「ルージュ、もう一度だけ同じ攻撃をする。感覚的にはだいぶ削れたと思うんだけど……」
「了解です。ヘイトを集めれば良いんですね」
これだけポーションがあれば時間は稼げます、と言ったルージュが頼もしい。
「この後も戦いは続くから、配分は間違えないようにね」
「もちろん!」
マジック・エレファントが「憤怒」状態になった後も、残り三割のHPを削るための戦いは続く。その時にポーションが無いのは、少々キツイだろう。
マジック・エレファントが突進してくる。その突進を、ルージュとは反対方向に飛び退ることで、危なげなく回避した。
「鬼さん、こちら!!」
相手は鬼ではなくてゾウなのだが、マジック・エレファントのタゲを取ろうとして……マジック・エレファントからの攻撃の標的になろうとして、あんなことを言っているのだろう。モンスターに人間の言葉が分かるとは思えないが、マジック・エレファントはルージュを追いかけている。
――スキル、烈火の構え。
烈火の構えのクールタイム、すなわち再使用時間はすでに過ぎている。先ほどと同じ順番でスキルを放っていけば、順々にクールタイムが切れて、烈火の構えから轟炎斬までのスキルを全て使用することができる計算だ。
――スキル、疾風の一撃。
マジック・エレファントに向かって突進する。
刹那、マジック・エレファントが標的を変えた。
「な……っ……!?」
失明しているはずのマジック・エレファントの左目が、ギラリと煌めいたように見えた。
疾風のごとく勢いよくマジック・エレファントに突進している俺は、急には止まれない。速度を出しすぎた車のようなものだ。
止まれない俺の体に、マジック・エレファントの鼻先が迫る。突進してくるなら切り伏せれば良かった。だが、足払いをかけられて大勢を崩すのは、マズイ。
「オズさん!!」
ルージュの悲痛な叫び声が、室内に響いた。
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