第11話 マジック・エレファント
このゲーム、「デス戦」においては、サブキャラを作成することが半ば推奨されている。その理由は、このゲームにはテレポートするための装置のようなものが存在せず、各地を行き来するのに、それなりに時間がかかってしまうためだ。
サブキャラを各国や地域に配置しておくことで、操作キャラを入れ替えることにより移動の時間を短縮し、効率的に素材集めを行なうことができるため、サブキャラの作成が推奨されている。
さて……メインストーリーを進めていなくても、遺跡には入場できる。だが、初めてスメル遺跡に入場するときには、各キャラにつき一回ずつ、チュートリアルが行われる仕様となっていた。サブキャラを作成して遺跡で素材集めをしようと思ったら、サブキャラひとりにつき一回、必ずチュートリアルをさせられるのである。
この仕様が面倒だという意見を受けて、運営はスキップ機能を実装した。チュートリアルのスキップ機能である。これにともない、一切戦闘を行なわなくてもスメル遺跡をクリアできるように仕様が変更された。
もとより、レベル上げに興味が無く、しかし素材集めはしたいというユーザーのために、戦闘を無くすという案はあったらしい。それが実装されて、スメル遺跡は無事に、「チュートリアルにおいては一切の戦闘をしなくてもクリアできる」うえ、装備も入手できるという、お得な遺跡と化したのだ。
「ここが最下層ですね」
ボス部屋の扉は、遺跡の入り口にあった扉よりも大きく見えた。
遺跡入り口の扉に描かれていた幾何学模様はそのままに、扉全体が金で縁取りされている。縁取られた金色のひとまわり内側には、ラピスラズリの深い青が扉を囲っている。扉自体が淡い光を放っているようにも見えた。
この扉が、ボス部屋へと繋がる扉になる。
初回のチュートリアルに限りボスが不在であるこの部屋だが、本来ならここにダンジョンボスが居座っている。指定の時間になるとダンジョンボスが出現し、それを複数のプレイヤーたちで協力して討伐する――討伐の完了時に、ダンジョンボスに与えたダメージや味方へのサポート量などを加味した報酬が配られる仕組みだ。
報酬は大まかに三種類ある。武器の強化素材と、防具の強化素材、そして武器や防具を制作するための特殊な素材だ。
チュートリアルにおいてはダンジョンボスとの戦闘は発生しないため、これらの報酬ももちろん貰えない。その代わり、クエスト完了報酬として、「装備の間」にて、古代に制作された装備――スメル遺跡においては「古代の剣」を入手することができる、という寸法だ。
「扉を開けます。よろしいですか?」
俺を振り返って尋ねてきたルージュに、頷く。
ルージュが軽く扉を押すと、荘厳で重たそうな扉は、見た目に反して簡単に、まるでそれが軽い扉であるかのように開いた。
「……何にも無いですね」
「まぁ……そうだな」
ダンジョンボスとの戦闘中、障害物にぶつかって戦闘の妨げになってはいけないという考えのもと、ボス部屋にはオブジェクトがおかれていない。
「いや、待てよ……おかしくないか?」
「おかしい? なにがですか?」
俺の言葉にルージュが首を傾げる。俺は部屋を一周だけ見回してから、マントの下に隠れている腰の剣に手を伸ばした。
この部屋には今、何も無い。――ゾウのオブジェが、無い。
「……最悪だ」
ルージュが腰の短剣に手をかけた。シン、と室内が静まり返る。
ゾウのオブジェが無いということは、つまり、このステージはチュートリアルではない、ということだ。
「上か……!」
バサバサと羽ばたく音が聞こえて、俺たちは同時に空を見上げた。
――マジック・エレファント。簡単に言うと、翼の生えたゾウだ。
高い防御力と俊敏さを兼ね備えた、防御力に特化したモンスターである。
空を飛びながら魔法を放ってきたり、魔法攻撃に対してはシールドを張ったりと、なかなか倒すのが面倒なモンスターだ。そもそも、ダンジョンボスは少人数で攻略するように設計されていない。今のこの状況は、まさしく最悪と呼ぶに相応しい状況だった。
「……いや、待てよ」
ダンジョンボスは、指定の時間になったら出現する強いモンスターくらいの認識でしかなかったが、「装備の間」を守っているという設定だった。装備の間から古代の装備が無くなっても装備の間を守り続ける理由は俺には分からないが、とにかくそういう設定だったことを覚えている。
装備の間を守っているということは、システム的にも、ダンジョンボスはボス部屋の外に出ることは叶わないはずだ。つまり、俺たちがボス部屋から出てしまえば、ダンジョンボスは俺たちを追いかけることも、攻撃することもできないはずなのである。
「ルージュ! 撤退するぞ!」
「はい!」
マジック・エレファントに背を向けて、扉のほうを振り返る。取っ手のようなものは無い。たしか遺跡に設置されている扉はすべて、どちらから押しても開くタイプの扉だった。
俺は扉に走り寄った勢いのまま、勢いよく扉を押す。追い付いたルージュも扉を押すが、扉はびくともしなかった。
「嘘だろ、おい」
「師匠、後ろ……!」
扉に影が差す。マジック・エレファントが、俺たちのすぐ後ろまで迫っていた。
慌てて横に跳び、マジック・エレファントに向き直る。マジック・エレファントがゾウ特有の長い鼻で足元を薙ぐのを、俺たちは共にマジック・エレファントの背後に回り込んで回避した。
このモンスターの攻撃方法は主に三種類だ。鼻先での薙ぎ払い攻撃と、大きな体躯を生かした突進攻撃、そして、浮遊状態からの魔法攻撃である。
先ほど見せてくれた鼻を使って足元を薙ぐ攻撃には、転倒効果がある。鼻での攻撃はダメージ量が多いわけではないが、エレファント系のモンスターは転倒したプレイヤーに向かって突進攻撃を行なうことが多い。このふたつは連携された攻撃で、鼻先での攻撃を受けてしまうとほとんど確実に突進攻撃まで受けてしまう可能性が高い。
なお、突進攻撃も、転倒効果を含んだ攻撃だ。だが、鼻での攻撃とは違い、ダメージ量が多く、プレイヤーへの吹き飛ばし効果がある。戦闘への復帰に、より時間がかかる仕様だ。
そして、HPの残量が3割以下になると、憤怒という状態になる。攻撃方法が変化し、攻撃の威力も上昇している状態だ。これはモンスターを討伐するまで解除されない。この憤怒状態の時に追加される攻撃方法が、浮遊状態での魔法攻撃だ。
今までの鼻を使った薙ぎ払い攻撃や体躯を生かした突進攻撃に、魔法攻撃が追加されるのである。また、憤怒状態のときは突進時に雷のエフェクトを纏うようになり、雷に触れても、それなりのダメージがプレイヤー側に入るようになっている。
マジック・エレファントが吠える。俺は腰の剣を抜いた。
扉は開かない。撤退は不可能だ。
本来なら数十人のプレイヤーと協力して討伐するはずのダンジョンボスに挑むのは、俺とルージュのふたりだけである。
「……いや、だが、勝機はある」
このマジック・エレファントは体が小さいということに、俺は気付いていた。幸いなことに、このダンジョンボスは、まだ幼体なのだろう。体が小さいということは、それだけ俺たちがダメージを受けにくい、ということだ。体が小さいだけあって、もしかすると小回りが効いて厄介かもしれないが、そこは俺の魔法でカバーできるだろう。
「エンチャント」
エンチャントとは、武器に魔法属性を付与する補助魔法だ。動物系のモンスターの弱点は基本的に炎だが、このマジック・エレファントの弱点となる属性は土である。おそらく、雷を纏っていることが原因だろう。雷を遮断できる土属性が、マジック・エレファントに対する有利属性となっている。
ルージュの武器にもエンチャントを施すと、ルージュから「おぉ……」という感嘆の声が上がった。
「土属性が弱点だって、よく分かりましたね」
「弱点だとは、知らなかったな」
マジック・エレファントが地面を蹴った。戦いは、これからだ。
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