第10話 古代遺跡の探索

 ――受付嬢との会話から、3日後。

 話に聞いていた通り、遺跡の扉前には、錬金術師や医師など、多くの人が集まっていた。


 遺跡を発見する前から「遺跡探索に行く」と言っていたから、ルージュはある程度のゲーム知識を持っているのだろう。よって、スメル遺跡がチュートリアル用の遺跡であり、簡単に攻略できると知っているのは、ゲームの知識がある俺とルージュのみだ。

 これだけ大がかりな準備を進めているのも、遺跡内部について知らない彼らからすれば、当然のことなのだろう。


「これは、なにか収穫を持って帰らないとですね」

「危険なことだけはするなよ」


 口ではそう言いつつも、危険なことなど起こりえるはずはないことは、分かっていた。


「おふたりは、扉の前へお願いします」


 扉を開けた時、中から何が出てくるか分からない。よって、外で待機している冒険者たちの準備が整うまでは、扉には近付かないように言われていた。


「ようやく、ですね」


 遺跡を発見してから、一週間ほどが経った。ようやく、ルージュが遺跡に入場できる日がやってきたのである。


 ルージュによる遺跡の完全攻略は、ゲームにおいては必須項目だった。


 プレイヤーが遺跡を攻略する理由は、ユーザによるレベル上げ用の狩場だとか素材が手に入るとか、そういう理由ももちろんあるが、ストーリーの流れとしては、「悪魔崇拝の謎を解く」ことが目的となる。

 そして、スメル遺跡を探索する中で悪魔崇拝について知ったプレイヤーは、自身と契約する悪魔となにか関係があるのではないかと考えて、古代遺跡を探す旅に出るのだ。


 遺跡の最奥には古代の装備が、それぞれひとつずつ眠っている。それを入手することで、プレイヤーは強くなっていく、というシステムだ。なお、古代の装備には悪魔を律する能力や、悪魔の力を増幅させる能力がオプションとして付いている。スメル遺跡で手に入るのは古代の剣で、たしか説明には「光を切り裂き、闇を律する」とかなんとか、書かれていたはずだ。


「オズさん、考えごとですか?」


 いつの間にかやって来たルージュが、ひょいと俺の顔を下から覗き込む。


「あぁ、いや……行こっか」

「はい!」


 元気よく返事をしたルージュが、遺跡の扉に小走りで向かう。俺はそのあとを、ゆっくりと歩いて追いかけた。

 きっと、ルージュは今、とてもキラキラした目をしていることだろう。


「おふたりとも、準備はよろしいですか?」

「はい!」

「大丈夫です」


 この場を指揮するのは、冒険者ギルドのギルドマスターだ。丸い眼鏡をかけて長い黒髪を三つ編みにしている、いかにも委員長然とした女性である。ギルドマスターということは、あの風貌でかなりの強さを誇っているのだろう。なんというべきか、人は見た目では分からないものだ。


「それでは、扉を押してみてください」


 遺跡の扉には、取っ手のようなものは取り付けられていなかった。

 ルージュが張り切って扉を押す。刹那、遺跡の内部から黄色く光が溢れ出して、俺たちを包み込んだ。


 あまりの眩しさに目を閉じる。次に目を開けたときには、ルージュと俺は、遺跡の内部にいた。


「わぁ、きれい……!」


 ――遺跡の内部は、ルージュが言う通り、幻想的に美しかった。


 それは、壮麗さと自然美を融合させたかのような幻想美……洞窟の中に建てられた神殿の様相をなしていた。

 神殿らしい白い柱が、ところどころに立っている。屋根らしきものも見られるが、装飾は控えめだ。代わりとばかりに洞窟の壁から顔を覗かせたラピスラズリの原石が、神殿から放たれる光源の光に反射して、淡く、しかし、たしかな輪郭を持って輝いている。


 これが、古代遺跡。自然を生かしたままの人工美と呼ぶべきか、はたまた人工物と自然物の調和が織りなす美と呼ぶべきか、俺には分からなかった。


「……って、いやいや、え? なんで俺が入場できてるんだ……?」


 周囲を見回すも、俺とルージュ以外の人間は見当たらない。ルージュは悪魔と契約しているから遺跡に入場できるのは納得できる。だが、なぜ俺までもが遺跡に入場できたのだろう。


「あ、オズさんのそのネックレス、ラピスラズリが使われてるんですかね?」

「え? ネックレス?」


 ラピスラズリのネックレスなんて、俺は持っていない――そう思って自分の首元を手で掬う。俺が持っているのは、父から貰ったあのネックレスだけだ。


「あぁ、なるほど」


 ネックレスの中央に埋め込まれた白い石が、ラピスラズリの光に反射して、青く輝いている。


「これは水晶だったのか」

「水晶?」

「そう、水晶。台座が白いから今まで白い宝石だと思ってたんだが、どうやら透明な水晶だったらしい」


 ……いや、いくら透明だからって、ここまで光を反射するようなことがあるだろうか? むしろ、光を吸収しそうなものだが。


「まぁいいか……帰って父に聞いてみることにしよう」


 慣れてしまった仕草でネックレスを服の中に戻す。そういえば、俺はいつの間にネックレスを服の下から取り出していたのだろう?


 ふと視線を上げると、ルージュが神殿の奥へと歩みを進めていた。俺も慌てて追いかける。この神殿の入り口を超えると、いよいよモンスターが姿を現すからだ。

 どうして神殿なのにモンスターがいるのかとか、そこらへんはゲームでも明らかになっていない。ただ確かなのは、遺跡内部のモンスターは人間を自主的に攻撃してくることは無い、ということだ。


「モンスターたちは素通りしていこう。無理に戦う必要は無いし」

「たしかに……!」


 どうやら、ルージュは戦う気満々だったらしい。別に戦ってもいいが、今回の遺跡探索の目的はあくまで冒険者ギルドから依頼された「遺跡内部の調査」であることを忘れていないだろうか。


「あっ、スケッチとか、とらなくて大丈夫なんですかね?」

「スケッチできるの?」


 できません! と元気に言ったルージュは、浮かれた様子で奥まで続く道の中央を歩いている。今にもスキップしそうな勢いだ。

 しかし、年甲斐もなくはしゃぎたくなる気持ちはよく分かる。それくらい、美しい場所だった。


 さて、スケッチの必要性はどのみち無いだろう。というのも、ゲームにおいて古代遺跡とは、一般人たるNPCも、出入りできる場所だったからだ。現在、どうして入場制限がかけられているのかは分からないが、今後、未来永劫、ルージュと俺のふたり以外は遺跡に入場できない、なんてことは無いはずだ。

 キーとなるのは、おそらく「遺跡の攻略」……ルージュが遺跡をクリアすれば、この遺跡は一般的に解放されるのではないか、と俺は考えている。


 スメル遺跡は4階層からなる、古代遺跡という名前のダンジョンだ。


 一階、最も上層にあたる階にはウルフが多数いて、ウルフの毛皮や肉などが、フィールドで採取するよりも効率的に入手できる。

 二階、上から二番目にあたる階には、イノシシが多数居座っている。こちらは主に牙と肉を入手するために乱獲される。

 三階、下から二番目にあたる階には、ウルフやイノシシに比べると少数ではあるが、クマが徘徊している。少ないとは言ってもフィールドには滅多に出没しないモンスターなので、クマの肉だとか血液だとか毛皮が欲しいプレイヤーは、やはりこの遺跡にやってくる。

 そして、最下層である四階は、ボス部屋が存在する階だ。ボス部屋は、チュートリアルにおいてはゾウのオブジェのみが置かれた無人の部屋となっている。オブジェを破壊すると隠し扉が現れ、最奥に位置する「装備の間」に行くことができる仕組みだ。装備の間には名前の通り装備が安置されていて、悪魔に言われた通りに装備の間の装備を入手するところから、プレイヤーの物語が幕を開けるのだ。


 なお、これらのモンスターはフィールドにおいては「ただの動物」扱いである。遺跡内部においてもほとんどただの動物なのだが、ダンジョンといえばモンスターでしょ、というノリでモンスターという呼称が使われている。

 なお、「ダンジョンといえばモンスターでしょ」とは、ゲームを運営するゲームマスターが、動画配信サイトの生放送で言った言葉だ。


 きちんと、俺の記憶通りの種類のモンスターが跋扈している様を目に焼き付けながら、ボス部屋を目指して歩いた。

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