第9話 第一発見者の特権
王城は貴族街に位置している。そして貴族街は、このロメ王国王城がある城塞の中でも中央に存在しており、城下町の東に位置する商業地区とは隣接していた。
つまりなにが言いたいのかというと、貴族街から冒険者ギルドがある商業地区までは、すごく距離が近い、ということである。
「あ、オズさんだ」
「うわ、ルージュだ」
冒険者ギルドの扉を潜ると、冒険者ギルドのカウンターにルージュがいた。ルージュは受付嬢との会話をそっちのけて、俺のほうへ走り寄って来る。
「うわ、ってなんですか。うわ、って」
「そのまんまの意味だよ」
「うわぁ」
ルージュがカウンターに戻っていくのを見送って、ひとつ息を吐く。「オズ」は善人だった。商業地区でも「フードの男オズ」の評判は悪くないし、遺跡の第一発見者として好意的に見られることが多い。王城の中では幸いなことに敵が多いから、この場所は少しホッとする。
せっかくだから、壁に寄りかかってルージュを待っていよう。そんなことを思っていると、カウンターにいるルージュから手招きされた。
「ん? 呼んだ?」
「ちょうどいいので、遺跡についての報告をしようってことらしいですよ」
「なるほど」
受付嬢のほうを見やる。こんなに怪しい男が相手でも、受付嬢は笑顔を崩さない。
彼女は、前回、俺たちが「古代遺跡を発見した」という報告をした時に担当してくれた受付嬢だ。まだ若いように見えるが、よく見かけるということは、もしかすると、それなりにベテランの受付嬢なのかもしれない。
「古代遺跡についてですが、我々冒険者ギルドは、あの古代遺跡を『スメル遺跡』と命名しました。扉の建築様式から、あれが古代に作られたものであることは確認できています。それで……実は、あの遺跡の内部について、我々は調査を進めることができなかったのです」
「えっと……捜査隊が全滅した、とかですか?」
ルージュが尋ねる。受付嬢はルージュの言葉に「いいえ」と首を横に振って、調査報告書らしき紙を見せてくれた。軽く目を通してみると、「扉が開かず」と書かれた箇所を発見した。
「これは……そもそも、遺跡に入場することができなかった、ということですか?」
「はい、そのようです」
俺の言葉に、受付嬢が頷く。ルージュは俺の横から紙を覗き込んで、うんうんと唸っていた。紙には文字がびっしりと書き込まれているので、報告書を読み慣れていない人にとっては、頭を抱えたくなるような書類かも知れない。
「どうやら、古代遺跡に入場するためには、ある条件を満たしている必要があるらしいのです」
「条件、ですか」
受付嬢の言葉に、思考を巡らせる。
古代遺跡は、現在では廃れてしまった信仰である「悪魔崇拝」のための神殿、つまり悪魔を祀るための神殿という役割を持っていたはずだ。ということは、もしかすると、古代遺跡には、「悪魔と関わりがある者」しか入場できないのではないか。
悪魔といえば、オニキスやルージュと契約している、特別な力を持った存在のことである。ゲームの中においては「プレイヤーを助けるナビゲーター」という役割を担っていたが、果たしてこの世界においては、どのような扱いになるのだろう。
「そこで、その条件についてなのですが……我々冒険者ギルドは、『第一発見者が最初に遺跡内を探索しなければならない』という条件ではないかと考えました」
憶測を立てたは良いものの、この推理が当たっていようが外れていようが、俺が「古代遺跡が悪魔崇拝の神殿だった」ことについて知っているのはおかしい。なので、受付嬢の言葉に「なるほど」と頷いてから、おとなしく続きを促した。
「第一発見者は、ルージュさんとオズさんの、おふたりです。ですので、可能であれば……おふたりに、遺跡の探索を依頼したいと思っております」
「はい喜んでぇー!」
申し訳なさそうな表情の受付嬢の言葉に被せるようにしてルージュが言う。ルージュの満面の笑みを見つめながら呆気に取られていた受付嬢は、やがて助けを求めるように俺を見た。
「……まぁ、遺跡の探索には興味がありましたし。その依頼、お受けします。……ルージュが」
もし先ほどの「悪魔と関わりがある者しか古代遺跡には入場できない」という憶測が正しければ、俺は遺跡に入場できない可能性がある。なぜなら俺は、悪魔と契約する予定も無ければ悪魔崇拝者になる予定も無い、ごく普通の悪役だからだ。
もっとも、スメル遺跡の中のモンスターは比較的弱く、さらにノンアクティブモンスターだ。装飾品や衣装の制作に多く使われるラピスラズリが多数産出される遺跡だったため、最奥のボス部屋以外では、生活コンテンツに力を入れているプレイヤーが頑張って採掘を繰り返していた。そのくらいには、のんびりとした場所である。なお、場所の取り合いになってPK合戦――プレイヤー同士の戦闘が勃発するのは、ご愛嬌だ。
スメル遺跡はPKがあるという点では危険な場所だったが、幸いなことにこの世界において、おそらく、いや、かなりの確率で、ルージュ以外のプレイヤーは存在しない。
「ですが、古代遺跡の探索ですよ? なにが起こるか分からない、完全に未知の領域です」
「危険だと判断したら帰ってきますよ」
あくまで、俺ではなくルージュの話にはなるが、さすがに危険だと思ったら帰って来るだろう。俺が見た限り、命知らずに敵へ突っ込んでいくタイプではないはずだ。
それに、チュートリアルの推奨レベルも「レベル1以上」ということだったし、ルージュひとりでも、スメル遺跡の攻略は問題無いだろう。
「それに、俺たちが遺跡に入場できると決まったわけじゃないんですよね?」
「それは、そうですが……私たち冒険者ギルドは、おふたりが時代の転換点になると考えています。おふたりに万が一のことがあったら……」
――時代の転換点。それは、ある意味では間違いではないのだろう。俺は悪役として、ルージュは主人公として――特にルージュは、これから、新しい時代を築いていくはずだ。
「……本当に、よろしいのですか?」
「ルージュが大丈夫だと言っているなら、大丈夫でしょう」
「大丈夫です! 古代遺跡、楽しみ!」
不安そうな受付嬢とは対照的に、ルージュは実に楽しそうである。るんるん、なんて音が聞こえてきそうな勢いだ。
「……分かりました。必要そうな物資などあれば、私にお申し付けください。当日は遺跡付近に医療担当者、錬金術師など配備する予定です」
なんとまぁ、随分と大げさである。大げさであるが、俺には冒険者ギルドの気持ちがよく分かる。
「古代遺跡の中がどうなっているのかについては、専門家ですら把握できていません。モンスターがいるのか、別の時空に繋がっているのか、先住民族が住んでいるのか、本当になにも分からないのです」
受付嬢はそこまで言ってから、ふ、と息を吐きだした。
楽しそうにしているルージュを見ながら、おそらく、俺に向かって話しかける。
「探索は、3日後を予定しています。どうか……お気をつけて、行ってらっしゃいませ」
俺は小さく、ありがとうございます、と返した。
3日後は、ルージュを送り出すために予定を開けておかなければならない。グラントが退職した今、さて、誰に仕事を任せようか――。
思わず笑みがこぼれる。ここに来て、グラントが退職したということの意味と、その意味の大きさを実感した。
――俺はどうやら、もう引き返せないところまで、来てしまったようだった。
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