第7話 オズという男
街に戻って、まっすぐ冒険者ギルドへと向かう。受付嬢とのやり取り、報告はルージュに任せて、俺は壁にもたれかかり、ふたりの会話を盗み聞いていた。
「どうやって古代遺跡なんてものを発見したんですか!? というか、それ、本当に古代遺跡なんですか!?」
「遺跡の近くにはモンスターがいませんし……モンスターが少なくなれば、狩りを目的にしている狩人はそれ以上の探索をやめるでしょうが、私は探索が目的だったので! 探索してたら見つけました! あと、あれは古代遺跡だと思います!」
あれが古代遺跡である理由を、「なんかそれっぽかったので!」と元気に語るルージュは、ちょっと……なんというか、アホ……いや、抜けているように見えた。
「えぇと、遺跡を発見した時、もうひとかた、いらっしゃったんですよね? その方はどちらに……?」
ルージュの説明では埒が明かないと思ったのか、受付嬢が横目で俺のほうを確認しながらルージュに問いかける。俺はやれやれと軽く肩をすくめながら、カウンターへ向かった。
「同行者は俺です」
あからさまにホッとした表情を見せる受付嬢に気付いた様子も無く、ルージュは擬音たっぷりに、遺跡の扉について説明している。
俺はルージュの説明を半ば無視して受付嬢に向きなおり、口を開いた。
「扉は両開きで、ラピスラズリが埋め込まれていました。あと、金らしきもので幾何学模様が描かれています。神秘的な雰囲気を放っており、扉は簡単には開きそうにありませんでしたので、報告に帰ってまいりました」
「あ、なるほど」
ルージュが余計なことを言いそうな雰囲気を察知して、素早くルージュの発言を片手で制する。ルージュは不満そうな表情で、しかしおとなしく黙っていた。
受付嬢は俺の説明に納得した様子を見せると、なにやら紙にメモをとって「少々お待ちください」と言ってから、奥のほうへ去っていく。
「もー! オズさんは、遺跡探索する気満々だったじゃないですかぁ。報告しようって言ったのは私なのにぃ」
「はいはい、ごめんね。今度おいしい肉料理を作ってあげるから」
「お肉!」
不満そうな表情だったルージュは一転して目を輝かせながら、「そこまで言うんなら仕方ないですねぇ」とだらしない笑みを浮かべている。なんというか、現金な子だ。
「お待たせいたしました。この件は、私たち冒険者ギルドで、いったん預からせていただきます」
「分かりました。もとより、そうなるだろうとは思っていましたので、どうかお気になさらず」
受付嬢が、ありがとうございます、と軽く頭を下げる。次いで、受付嬢は、いまだに肉料理に胸を躍らせているらしいルージュをちらと一瞥した。
「詳細は後日、ルージュさんに連絡いたしますので」
「……よろしくお願いします」
ルージュに伝達されるのか……不安だなぁ。
おそらく、俺に見覚えが無いから「俺は冒険者登録をしていないだろう」こと、室内でもフードを被っているから「俺は訳アリだろう」こと、などを考慮して、下手に俺の連絡先を聞き出すことなく、ルージュに伝えることにしてくれたのだろう。その気遣いは非常にありがたいのだが、ルージュのあの説明能力を目にしてしまうと、俺に正しく情報が伝わってくれるのかどうか、一気に不安になってくる。
「……まぁ、いざとなれば、直接聞きにいらしてください」
「えぇ、そうします」
受付嬢も、考えていることは同じだったらしい。
疑問符を浮かべているルージュを置いて、俺はカウンターに背を向けた。
冒険者ギルドがある商業地区に向かうには、いくつかのルートがある。今回は中央通りを抜けて貴族街を通るルートではなく、中央通りから逸れた貧民街を横切るルートを通って商業地区に入った。
「ん? なにやら騒がしいですね」
どうせルージュとは貧民街で別れるのだし、帰り道も同じルートを通ろうと思ってこの道を選んだのだが――ルージュの言葉通り、なにやら、いつも炊き出しを行なっている貧民街の広場が騒がしい。
どうやら、なにかを揉めているようだ。比較的大きな通りを歩いていた俺たちは、下手に刺激して揉め事を悪化させないように、あるいは揉め事に巻き込まれないように、そっと広場に近付いた。いわゆる、野次馬というやつである。
「だから、フードを被った男はどこにいるのかって聞いてるんだよ」
「そんな人は知りません! 帰ってください!」
広場には、複数の若い騎士と、3人の女性たちが集まっている。
女性たちの顔には、見覚えがあった。子供を連れて炊き出しに来て、食器の回収を手伝ってくれている人たちだ。どうやら、騎士たちはフードの男の所在を知りたがっていて、女性たちはそれを隠したがっているらしい。
今は昼――残念ながら男性たちは仕事に出ていて、助けは期待できそうにない。俺が出ようと一歩を踏み出したところで女性たちの中のひとりと目が合った。
ぶんぶんと首を横に振っている。来るな、という意味だろうか。
「オズさん、おそらく騎士さんたちはオズさんを探しているんだと思います。まずは様子を見るのがよろしいかと」
「……なるほど」
どうやら、俺こそが騎士たちが探している「フードの男」だったらしい。そういえば、最近はフードを被る機会が多かったような気がする。
「オズさんって、こういうところ、ちょっと抜けてて可愛いですよね」
「誰が可愛いだ、誰が」
ルージュの軽口に応じながらも、視線を騎士たちに戻す。あの制服は、上級騎士のものだ。勲章は付けていないから、なにかの功績を以て上級騎士になったわけではなく、長く騎士として務めている人たちなのだろう。もしかすると、国立大学出身の貴族かもしれない。
国立大学に入学した貴族は、その将来がある程度は約束されている。上位の貴族であれば申請すれば誰でも入学可能で、俺も一応、そこに通っていた。もっとも、11歳で入学して、13歳で中退したが。
「フードの男が、いったいなんだと言うんですか」
女性たちのうちのひとりが、顔を顰めながら言った。さきほど、俺と目が合って、首を横に振っていた彼女だ。
リーダー格の騎士が、腰に手を当てながら質問に答えている。まどろっこしくて要領を得ない話し方だったが、要するに、ジョン・カマルの命令でフードの男に厳罰を与えるように言われている、らしい。
……そんな命令、出した覚えは無いんだが……。
どこの世界に自分を罰するように命令するバカがいるというのだろう。
「フードの男の罪状はなんですか?」
「そんなものはどうだっていいだろう」
女性たちの質問に騎士のひとりが横暴に答えて、女性が再び顔を顰めた。
厳罰の罪状なんてものは、おそらく、あって無いようなものだ。騎士たちはきっと、貧民街で施しをしている輩のことが気に食わないだけなのである。
俺はひとつため息を吐くと、物陰から一歩、広場のほうへ踏み出した。
「女性に寄ってたかって問い詰めるなど、騎士として恥ずかしくないのか」
女性に寄ってたかって問い詰めるなど、紳士のなすことではない。が、この世界における騎士とはあくまで警備員のようなものなので、騎士道精神とか、そういうものは無いのだろう。
物陰から声をかけた俺に、女性たちはぎょっとした表情で視線を向けた。騎士たちは怒り心頭で振り返って、俺の姿を目に映すなり、あっと声をあげる。
「お前……フードの男……!」
「やっぱり俺を探してたのか」
どうして出てきたんですか、と言わんばかりの視線が女性たちから突き刺さる。
平民と言えば、貧民街の住民のことを指すことが多い。貧民街の住民は政治的に軽視される傾向が強いとはいえ、代表的な労働者階級に所属する人々だ。騎士たちも、無実の民をいたずらに傷付けることはできない。よって、騎士たちは女性たちに暴力をふるっていなかった。
だが、少なくとも彼らの中で罪人ということになっている俺は違う。貧民街の住民はジョン・カマルがフードの男である俺を捕まえるように指示を出したと思っているだろうから、なおさら、騎士たちは俺を容赦なく襲うだろうということが目に見えているのだ。騎士たちにとっては、俺を攻撃する大義名分がある状態である。
「ジョン・カマルさまの命令により、お前を連行する!」
そんな命令を出した覚えはないなぁ、なんてことは言えば俺の正体がばれてしまうので、ここは「そっかぁ」と軽く流す。右耳から左耳へそのまま言葉を流しているかのような俺の態度に苛ついたのか、騎士のうちのひとりが、俺に掴みかかってきた。
「まずは顔を見せやがれ、この……っ」
「おっと、それは困るな」
顔は見られたくないのである。顔を一瞬だけ見られた程度で正体がバレるとは思いにくいが、勘の良い住民や騎士は気付くだろう。
なにより、ここにはルージュがいる。ルージュはいつか「ジョン・カマル」を倒す存在になるのだから、師匠である俺と敵であるジョン・カマルが同一人物であるということは、バレないほうが良いだろう。最後の最後で、「でもジョン・カマルは師匠なんです! 実は良い人なんです!」とか言われたら、計画が全て台無しだ。
フードをもぎ取ろうと俺に掴みかかってきた騎士の腕を、ひょいと掴んでから、外側に軽く捻る。騎士は簡単に体勢を崩して、俺から見て右側にたたらを踏んだ。
これで実力差が分かってくれれば良いのだが、どうやら、ことはそう上手くは運んでくれないらしい。
「舐めてるのか?」
「まさか。……皆さんは、下がっていてください。大丈夫、退屈はさせませんよ」
剣を抜いた騎士に、住民たちが騒いでいる。わざとらしく「物騒で困ったものですね」と肩を竦めて雰囲気を和らげようと思ったのだが、なぜか空気が凍り付いてしまった。なぜだろう。
「……お前を連行する」
「できるものなら、どうぞ」
怒りに任せた、単調な動きだった。どうやら、騎士たちは精神力が未熟らしい。エリートとして生きてきて、エリートとしての待遇を受けてきて、煽り耐性が無かったのかもしれない。
俺みたいな底辺の人間は、お偉い人たちに散々なことを言われて育ってきたものだから、まさか「この程度で本気で怒る」とは思っていなかった。反省しよう。
騎士たちは大きく細身の長剣を振りかぶる。俺は身体能力を魔法で底上げしてから、剣筋を見切って避けていく。とはいえ、避けているだけではキリが無い。なので、相手の力を利用して剣を折ったり、騎士を転ばせたりと、まぁそれなりに格闘術を楽しんだ。
しばらくすれば、さすがの騎士たちも、自分たちが遊ばれていることに気が付いたのだろう。勝ち目が無いと分かってからの騎士たちの行動は実に素早く、舌打ちをしながら撤退していった。
「皆さん、お怪我はございませんか?」
少し大きめの声で呼びかける。少しの沈黙ののち、わっと広場が湧きたった。
「さすがです、師匠」
駆け寄ってきたルージュに、「ありがとう」と答える。そういえば、てっきり首を突っ込んでくると思っていたルージュは、今回はおとなしくしていた。
「だって、師匠は強いですから」
目が合って首を横に振っていた女性が、ルージュの次に俺のもとへ駆け寄ってきた。
「あの……お強いんですね。……あなたさまは、いったい……」
何者なんですか、と聞こうとしたのだろう彼女は、そこまで言ってから口を閉ざした。詮索すべきではないと思ったのだろう。
「聞いてくださって大丈夫ですよ。俺はオズ。ただの……そこら辺にいる人間ですよ」
――どうしてかこの世界に迷い込んできた、何の能力も無い、ただの人間。それが俺であるということを、俺は忘れてはいけないのだ。
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