第6話 古代遺跡の発見
オニキス率いるモンスターの軍勢は、市街地まで攻め込んできたらしい。騎士団が駆けつけてくれたおかげで奇跡的に死者は出なかったようだが、建物への被害は甚大だ。
残念ながら、原作の知識が邪魔をしたせいで、俺は騎士たちに「万が一に備えた命令」なんて出していなかった。この街を救ったという騎士たちを率いていたのは、おそらくグラントだろう。
グラントはもともと高い位に就いていたが、今ではより出世して、俺の副官をやっている。ある程度自由に騎士を動かすことができて、判断能力にも優れている――グラント以上に民のことを想い、国の行く先を憂いている騎士を、俺は知らない。平民出身の彼もまた、オニキスと同じような優しさを持った騎士だ。
話によると、オニキス自らが市街地まで攻め込んできたらしいが、人々を守ろうと必死に戦う騎士たちを見て、何を思ったのかオニキスは帰って行ったらしい。
以上が、俺がスープを配りながら入手できた情報だ。
炊き出しが大方終わると、食器を回収するまでの間は、休憩時間になる。
俺とルージュは、自分たち用に注ぎ分けたスープを啜っていた。
「遺跡に行こうと思うんです!」
「遺跡?」
遺跡ってどこの? と尋ねようとして、慌てて口を噤む。ロメ王国付近の遺跡と言えば、「はじまりの古代遺跡」こと「スメル遺跡」だろう。しかし、数々の古代遺跡はプレイヤーが発掘して初めて世間に知れ渡ったという設定だったはずだから、俺が遺跡について知っているのはおかしい。なぜなら、プレイヤーであるルージュはまだ冒険の旅には出ておらず、遺跡も発見されていないからだ。発見されていない遺跡のことを俺が知っているのは、実に怪しいだろう。
ルージュに、俺が転生者であることを明かすつもりは無い。万が一、俺の正体がジョン・カマルであると知れた際に、ジョン・カマルは転生者である、ということまでバレてしまう可能性があるからだ。オズが転生者であることは、まぁ知られても問題無いだろうが……ジョンが転生者であるということは隠しておいたほうが、なにかと便利だろう。
「遺跡、か……まぁ、それはともかく……ジョン・カマルを倒すためには、強くならないとな」
「モンスターを討伐して、レベルアップします!」
レベルアップがなにを指す言葉なのか分からない、という雰囲気を醸し出しながら、スープを飲み干す。ルージュもそれなりに残っていたスープを一気に飲み干してから、次いで立ち上がった。
「モンスターを倒すとなると、静寂の森にでも行くのか?」
静寂の森とは、言ってしまえば、はじまりの森だ。ノンアクティブモンスター……こちら側が攻撃しなければプレイヤーを攻撃することのないモンスターのことである――しか存在せず、また、アクティブ状態になった複数のモンスターに囲まれたとしても、まぁ死ぬことは無いだろうというレベルのエネミーしか存在しない狩場である。
モンスターが攻撃してこないため、伐採や採掘などによる素材採集に適している。初心者向けの採集金策場所としても使える場所で、ウルフを倒して毛皮を採取すれば、それなりの値段で売りさばくことも可能だ。副産物もちょくちょく出てくるし、高レベルの熟練者も、たびたび見かける狩場である。
「静寂の森……そういえば、そんな名前でしたね」
ふたりで食器を回収しながら、会話を続ける。ルージュは、「でも、目的は遺跡ですから!」と張り切っていたが、俺は彼女の言葉を適当に聞き流した。遺跡のことを知らない一般人なら、まずルージュの言葉を相手にはしないだろう、と判断したからだ。
「私たちが一緒に探索できる日に、遺跡を探しに行きましょう! つまり、師匠、お休みをもぎ取ってきてください!」
「はいはい。明後日なら空いてるよ」
やったぁと喜ぶルージュを尻目に、食器をイベントリに収納していく。最後に大鍋と机をひょいとしまい込んでしまえば、本日の仕事は終了だ。
***
古代遺跡とは、言ってしまえばダンジョンのことである。モンスターが数多く跋扈しており、最奥にはダンジョンボスが眠っている。
もっとも、最初に行くことになるだろうスメル遺跡には、ダンジョンボスは存在しない。スメル遺跡はプレイヤーに向けたチュートリアル要素が強く、そこまでの強敵は出てこないのだ。これが、スメル遺跡が「はじまりの古代遺跡」たるゆえんである。
「まさか、本当に遺跡があったとは……」
「ね? 言ったでしょう?」
狼を狩りつつ森の奥深くへ向かって進んでいくと、無事に遺跡を発見した。俺が驚いたような演技をルージュに向かってしてみせると、彼女は自慢げに、ドヤ顔で胸を張っている。
ちなみに、彼女は街を出てから、邪魔だからという理由でフードを外している。おかげで、彼女の表情は非常に読み取りやすい。街中でフードをしているのは、彼女の赤い髪が目立つのを、少しでも抑えるためだそうだ。
遺跡の入り口は、岩に埋もれた洞窟のようになっている。ただ洞窟と違うのは、洞窟であれば本来穴が開いているだろう入り口に、大仰な両開きの扉が設置されている点だろうか。
ラピスラズリが埋め込まれたこの門は、これが遺跡であるということを外部に示すかのように、不思議な幾何学模様に彩られている。黄金色に輝く幾何学模様は、ある種の神秘を宿しているようにも見えた。
古代遺跡――実際にこの目で見るのは、もちろん初めてだ。
あの映像美が、いったいどのように再現されているのか。人間の目は、かなり解像度が高い。実際にこの目で見るのと、パソコンの画面越しに眺めるのとでは、美しさは段違いだろう。断然、自分の目で見たほうが美しいに決まっている。
「じゃあ、さっそく行くか」
「いざ、冒険者ギルドへ!」
……うん?
「冒険者ギルド……?」
「はい、冒険者ギルドです。……あれ? あっ……商業地区の中央にある、あの大きい建物、冒険者ギルドって言うんです」
「いや、それは知ってる、けど……なんで冒険者ギルド?」
遺跡探索するんじゃないの? と俺が問えば、首を傾げていたルージュはようやく合点がいったように手を叩いた。
「あぁ、新しい薬草とか新しいモンスターとかを発見した場合は、冒険者ギルドに報告するよう言われてるんです。遺跡も新しいものだから、報告した方が良いんだろうなぁ、と思って」
どうやら、ルージュは真面目ちゃんだったようだ。
いやしかし、冷静に考えてみれば、遺跡を発見したからと言ってさっさと突入してしまうのは無謀だろう。現実的に考えて、調査隊を派遣するのが、一番安全な方法だ。
ふぅ、と軽く息を吐く。どうやら俺は、案外、古代遺跡の探索を楽しみにしていたらしい。つい興奮して、考えなしに遺跡へ突入してしまうところだった。
「分かった、いったん街に戻ろう」
「はい!」
「……これは、今日中に探索できるかどうか、分からなくなってきたな……」
俺がぽつりと零せば、ルージュが驚いたような声で「え!?」と声を上げている。
「……やっぱり、こっそりふたりで潜っちゃいます?」
「後悔しないなら、良いんじゃない?」
少しだけ意地悪な返答をしてみれば、彼女は頭を抱え込んで唸り始めた。
「おとなしく報告します……」
項垂れた様子のルージュに思わず笑ってから、歩き始める。街への足取りは軽かった。
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