第4話 モンスター襲来

「討伐作戦……ですか?」


 オニキスによるモンスターの襲来、それを迎撃し、かつオニキスを討伐する……それが、この「討伐作戦」。

 原作においては、完全な負けイベント――プレイヤー側が敗北することが確定しているイベントである。このイベントを通して、プレイヤーは悪魔と契約し、オニキスと同じ土俵に立つ未来を保証されることになる。


「私のような冒険者が討伐作戦に赴いても、できることなど無いと思うのですが……」

「大丈夫だ。医療班の手伝いとか、兵糧の運搬とか、やることは山積みだ」


 実際、原作においても、プレイヤーは前線には出なかったのだ。オニキスの登場によって戦線が崩壊し、医療テントまでオニキスが攻め込んできたからこそ、プレイヤーはオニキスと衝突することになる。


「なるほど、私はサポートに専念すれば良い、と……仕事内容について、やけに詳しいですね?」

「騎士だからな」


 そういうものですか? と尋ねてくるルージュを急かしながら、とりあえず騎士はすごいんだよ、と言っておく。

 納得のいかなさそうな顔をしていたルージュだったが、街と森の境界に位置する門が近付いてきてからは、周囲の緊迫した空気に当てられたのか無言になった。


「……本当にモンスターが襲来してくるんですね」

「あぁ、そういう警鐘が鳴ってたしな」

「あなたは……どうして、そんなに平然としていられるんですか?」


 ――まるで、この襲撃があることを知っていたみたいですね。


 そんな彼女の心の声が聞こえてきたような気がした。


「俺は騎士だ。陛下をお守りするため、城に戻る。……まぁ、なんだ。俺は前線に出ないからな。そりゃあ平然とできるだろ、って話だよ」

「そういう意味じゃなかったんですけど……」


 じゃあどういう意味なんだよ、と問えば、彼女は顔を逸らした。


 少しだけ考える。

 もしかすると、ゲームでありながらリアリティに溢れるこの世界で命をかけて戦う、ということの重みを、彼女は感じたのかもしれない。彼女が現実世界からゲームの世界にやってきているプレイヤーだとしたら、そういう可能性も充分にあるだろう。この国の現状を尋ねてきたのも、ジョン・カマルが本来のシナリオから外れた動きをしていることを警戒しての行為だったのかもしれない。


「それじゃあ、幸運を祈る」

「ありがとうございます。オズさんも、お気を付けて」


 その会話を最後に、俺は城へ戻った。



***



「ジョンさま!」

「グラントか。どうした?」


 王城に戻るなり、グラントが慌てた様子で話しかけてきた。俺はマントを悠々と脱ぎながら、執務机に向かう。


「どうした、ではありません! モンスターの大群が迫っています! 民を避難させなければ……!」

「そうか。……モンスターは、この中心地まで攻め込んでくると思うか?」

「いえ、そこまでの大群だとは……思いませんが」

「なら良い」


 グラントの驚愕した顔がまなうらに焼き付く。先ほどの俺の言葉はつまり、貴族さえ無事であるならいい、市民を守る必要は無い、という意味として受け取れる内容だ。


「ジョンさま、それは、どういう……」

「万が一に備えて、貴族を護衛しろ」


 市民はどうするのですか、と、半ば叫ぶようにグラントが言った。


「市民? ……あぁ……まぁ、なるようになるだろう」


 オニキスは、市民には手を出さない。ゲームのムービーでも、オニキスは市民を虐殺するようなことは無かった。それはきっと、これからも変わることは無いだろう。むしろ、警戒するべきは貴族への攻撃だ。市民を無視して街を突っ切り、貴族が住む地区へ突撃してくる可能性は否めない。


「ジョンさま、それは……」

「それは、なんだ?」

「……いえ」


 失礼します、とだけ言って、グラントは部屋を出ていった。


 ――数日後。


 俺は市井に炊き出しに出るつもりで、周囲を警戒しながら王城の廊下を歩いていた。ジョン・カマルが炊き出しを行なっているとバレれば、なんか面倒なことになるのは目に見えている。あくまで炊き出しを行なっているのは名も無き騎士でなくてはならないのだ。よって、俺が市井に繰り出している場面は、なるべく見られない方が良い。

 なお、今回の炊き出しは、街の被害状況や市民の精神状態を確認する、という目的も兼ねている。本来なら明日が炊き出しの日だったのだが、襲撃があったばかりで物資の流通が滞っている可能性を考慮して、市民のために炊き出しを行なうべきだと判断した。


 昼に見るには暑苦しいいつものマントを羽織って、いつもの窓に近付く。下に人がいないことを確認してから、二階ほどの高さから庭へと飛び降りた。


「さて、と。次はスープを運ばないとな」


 食糧はいつも、俺が魔法で運んでいる。魔法で運んでいるというより、ゲームの抜け道を使って運んでいると言った方が正しいかもしれないが。


 俺はジョン・カマルというネームドキャラクターだが、同時にプレイヤーでもある。ある程度、いや、ある程度どころかほとんど自由に意思決定することが可能なのだから、ほぼプレイヤーと遜色ない権限を与えられていると言っても過言ではないだろう。

 つまり、俺にもプレイヤーと同じシステムにアクセスする権限があるはずだ――そう気付いたのは、割と最近のことである。


 プレイヤーと同じシステム、すなわちイベントリ。アイテムバッグとも言う。


 一般的に考えて、人間が持つことが可能な物の数には限度がある。だが、ゲームでそんなものをリアルに再現していたら、アイテムを簡単に使用できなくなるだろう。よって、大抵のゲームにおいては、「同一のアイテムはひとつのイベントリに格納される」ことになっている。俺はこのシステムにアクセスすることで、「同じ料理」を大量に運ぶことができるようになったのだ。

 システムにアクセスすると言っても、大層なことをしているわけではない。まるで超能力者のように、自分にはできると信じ込むだけである。


 料理をして、それを保存するためだけに購入した貴族街の家に向かい、大量のスープをひとつのイベントリに格納する。パンと葉物野菜も放り込む。スープ用の皿と、大鍋を置くための簡素な机も忘れない。

 パッと見た感じだと、物質を格納する魔法に見えなくも無い。そんな魔法、少なくとも俺は文献でしか見たことが無いのだけれど。


 魔法に詳しいのは貴族か騎士程度のものだ。市民は俺のこの能力を「なんかすごい魔法」としか認識していないし、仮に怪しまれたとしても、「現女王陛下の側近の騎士なのだから、この程度はできて当然」とでも言っておけばどうにかなるだろう。どんな言い訳も通じないような、かつそれを言及せずにはいられないような面倒な専門家が現れた場合には、「俺、天才なので」と言い逃れるつもりでいる。

 念のためスープの大鍋を取り出す時にはバッグから取り出しているように見せかけているし、まぁ俺自身ではなくバッグの効能なんだと言うことも不可能ではないだろう。むしろ、勝手にそう思ってくれていたほうが俺としてはありがたい。


「あとは貧民街に向かって、と……」


 貴族街は、昼夜問わず、比較的静かな場所だ。多くの貴族は屋敷に籠っているから、ときおり馬車が通り過ぎるくらいのものである。馬車の御者だって通行人のことは気にしていないし、もちろん馬車に乗っている貴族だって、外の景色を見ようとはしない。だから、こんな恰好で貴族街をうろついてても、俺が通報されることは無いわけだ。


 貧民街に近付くにつれて、喧騒が近くなる。貧民街でマントを羽織った男というのは非常に目立つが、衛兵は貧民街には存在しない。俺が兵を退かせたからだ。


 なんだか、いつもと違う。いつもと同じことをしているはずなのに、いつもと違う。


 俺はふと、街の外壁を見上げた。


「……え?」


 ――壊れている。壁が壊れている? いったい、なぜ? 


「まさか、オニキスが……壁を、壊したのか?」


 街までは攻めてこなかったはずのオニキスが、どうして?


 貧民街に向かって走る。貴族街の不気味な静けさが遠のいて、喧騒が近付いて――。


「嘘だろ……?」


 ――民家が、壊れていた。

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