第2話 プレイヤーとの邂逅

 快適な牢に国王を幽閉してから、三か月ほどが過ぎた。

 前国王であるリチャード・ロメは、心身ともに健康である。人伝の報告だけでは信用しきれないと思って定期的に俺自らが牢へ出向いているが、前国王である彼は、ちょっと羨ましいくらい、実に悠々と暮らしていた。


 王女を傀儡として政治に関与するようになった俺は、まず税を引き上げた。次に、騎士たちのほとんどを王城付近に集結させ、貴族の護衛を中心に行わせた。経済的に困窮して、かつ見張りの目が無くなる――これはすなわち、街の治安の悪化を意味していた。

 ちなみに、集めた税金は俺個人の懐に入っている。使ってはいないし、使い道も無いけれど。将来的に経済の回復のために使ってくれれば良いと思っている。


 国民のヘイト――不満の矛先は、無事に「ジョン・カマルという名の宰相気取りの騎士」に向いている。最初は新国王である王女を非難する声が大きかったのだが、そこは、俺が自ら俺の情報――「ジョン・カマル」についての情報と「王女は民のことを思っている」という情報を市政にばら撒くことで、対策とした。


 さて、俺が民に苛政を強いるにあたって、ひとつだけ問題がある。それは、まったく関係無い市民にまで被害が及んでしまうことである。圧政、苛政を強いるにあたって、無関係な人々に対して、どのようなフォローをするかについては、だいぶ悩んだ。

 治安の悪化という問題はすでに引き起こされてしまっているわけだが、市民が実際に飢えているとなると、なにかしてやりたくなるのが人間だろう。というわけで、俺は一か月ほど前から、市民に向けて炊き出しを行なっている。


「あっ! フードのお兄ちゃんだ!」

「シアか。お母さんは元気か?」

「お兄ちゃんがご飯をくれるおかげでね、最近は少しずつだけど、お外に出られるようになったよ!」


 俺を見るなり駆け寄ってきた幼い少女の頭を、よしよしと撫でる。

 はじめはフード姿の怪しい男を警戒していた市民たちだったが、孤児たちが安全に食にありつけているということで、まさに日々の生活にも困るような人たちは炊き出しにやってくるようになった。


 炊き出しをしていると、どうして炊き出しなんかやっているのか、どうして炊き出しが可能なだけの食糧が入手できるのか、と尋ねられることがある。俺はそこで「俺は王女の命によって派遣された騎士である」と名乗った。

 もちろん、王女からそんな命令は出されていない。しかし、「王女が自ら進んで圧政を敷いているわけではなく、黒幕はジョン・カマルに従わざるを得ない状況なのだ」という情報を撒くにはちょうど良かったのだ。


 こうして俺は、労せずして「ジョン・カマルの悪行」と「王女イザベラ・ロメの善行」について、市民に広めることができた。


「炊き出しの方……その、危険ではないのですか?」


 週に三度の炊き出しをしている最中に、彼女はやってきた。


「危険、というと?」


 木製の皿にスープと野菜を盛り付けながら聞き返す。肉と野菜が入った、実に健康的なスープだ。生活コンテンツとして料理のスキルも上げていたのだが、それがこんなところで役にたつとは思っていなかった。


「ジョン・カマルにこの炊き出しのことが知られれば、炊き出しをしているあなたや、炊き出しを受けている市民に、悪影響があるのではないですか?」


 皿を渡しながら、俺はようやく顔を上げた。

 俺に話しかけてきていたのは、赤い髪が特徴的な少女だった。足元まで隠れるほどのマントを被った、俺と同じような、言うなれば怪しい恰好の少女である。


「そこまで危険というわけではありません。ジョン・カマルは、あまり市民の動向に敏感な人ではありませんから」

「では、あなたのお名前をお聞きしても問題は無いということですね!」

「……いや、万が一のときのために、俺の名前は伏せておきたい。ジョン・カマルに目を付けらたら、炊き出しに来ることが難しくなってしまいますから」

「でも、フードの方、炊き出しの方、だと不便じゃないですか? それに、偽名があったほうが、本名を隠すのにも良いんじゃないかって思うんです!」


 無邪気に笑った彼女を見て、俺は思わず言葉に詰まった。

 今まで何度か名前を尋ねられたことはあるが、全て同じ文句で名前を伏せてきた。まさか、馬鹿正直に「ジョンです」なんて、名乗れるはずが無いからだ。


「……偽名、か……」


 偽名、というのは、考えたことが無かった。思えば、「王女の命に従って炊き出しに来ている騎士」であれば、「本名がバレるリスクを回避するために偽名を用いる」のは、悪い手ではないだろう。


「では、オース……いえ、オズと名乗ることにします」


 これで、ジョン・カマルが探すのはオズという名前の騎士になるから、炊き出しをしている騎士が捕まることはない――というシナリオは安直すぎるかもしれないが、時間稼ぎにはなる……だろうか。

 本気で俺が炊き出しを潰すのだとしたら、オズという騎士が存在しないこと――つまりこれが偽名であることが確認でき次第、まず現場を押さえるか、王女の側近を潰しにかかるものだが……はて、本当に時間稼ぎ程度にはなるのだろうか?


「オズ、良いですね! なんだか、偉大な魔法使いって感じがして!」


 ――ん? オズが偉大な魔法使い?


 そういえば、オズと言えば「オズの魔法使い」という童話があった。しかし、それは俺の前世――ゲームの外の世界の話だ。

 はて、この世界に「オズの魔法使い」という話は存在しただろうか?


「……へぇ、オズが偉大な魔法使い、ですか。どうして、そう思うんです?」

「あぁ、えっと……私の故郷に、オズの魔法使いっていう御伽噺があって。ドロシーっていう女の子が主人公なんですけど、すごく感動的なお話なんです!」


 ――西洋における赤毛ではなく、燃え上がるような鮮やかな赤い髪に、グレーを反射させる緑の瞳。


 複数の国がテーマになっているこの世界においては、金髪碧眼や黒髪黒目など、現実にありそうなカラーが一般的だ。皆が整った容姿をしてはいるものの、赤い髪に緑の眼というのは、染料が貴重なこの世界においては、言ってみれば異質が過ぎる。

 俺やオニキスのような、ネームドキャラクター……物語の中で重要な役割を持っているキャラクターは珍しい配色をしていることもあるが、彼女のようなキャラクターには見覚えが無かった。


「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」

「私の名前ですか? 私は、ルージュ。ルージュ・ソウシム」


 やはり、知らない名前だ。ネームドキャラクターではない。となれば、導き出される答えはひとつ。

 黙り込んだ俺を見て首を傾げていた彼女が、後ろの人に急かされて慌てて去っていく。その背中を見送って、俺は新たな皿を手に持った。


 導き出される答えはひとつ……彼女の正体は、主人公。

 このゲームの、プレイヤーだ。

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