第一章 過去の遺物編
第1話 軍事クーデター
オニキスがロメ王国を去ってから約一週間――俺は、作戦を実行に移すべく、副騎士団長として王城を訪れていた。
オニキスを救うため、俺こそが真の悪役になる――その目的を達成するためには、なにが必要なのか。
俺が「悪役」に必要な要素を明確にイメージできるまでにかかった時間が、一週間だ。
まず、ひとつめ。オニキスが嫌うことを行なう必要がある。これは、オニキスが俺という悪を討伐しようと思うための原動力になるものだ。俺なりに考えた結果、オニキスが嫌うのは「人権の無視」であるという結論が出た。たとえば命を軽く扱うことだったり、弱者が不当な不利益を被ることだったり、非人道的な行為だったりが挙げられる。
次に、オニキスの耳に、俺の悪行を届ける必要がある。俺がどれだけオニキスに嫌われるよう努力しても、その悪行の数々を、肝心のオニキスが知らなければ意味が無い。
オニキスの耳に俺の悪行を届けるためには、騎士団の弱体化が手っ取り早い。騎士団が弱体化すれば、本来であればロメ王国に入国できないはずのオニキスがロメ王国に侵入するだけの経路を、容易に作成することができるからだ。オニキス自身の目で、俺の圧政を確認することができるようになる。
――圧政。
そう、これらを全て実行するために最も効率的なのが、俺自身が施政者になることだった。そして、俺が圧政を敷く。最終的には、圧政を敷く俺をオニキスが倒す。
「完璧なシナリオだ」
幸か不幸か、俺にはそれなりに力があった。多くの騎士団員たちは俺のことを慕って付いてきてくれるし、なにより、俺自身の剣と魔法の腕に敵う騎士団員はいない。
平民出身の騎士も多く、そういった騎士たちは、貴族への不満を募らせている。貴族への不満を募らせている騎士たちをまとめあげて、クーデターを起こす……簡単ではないが、難しくもない。事前準備さえしっかりしておけば、確実に勝てる戦いだ。
「……本当に、クーデターを起こすつもりなのですね」
「グラントか」
――グラント。簡単に述べると、副騎士団長の次に偉い階級の騎士だ。堅物で少し息が詰まる時はあるが、悪い男ではない。
「平民出身のお前なら分かるだろう、グラント。この国の貴族は……腐敗している」
グラントには、トーマスの死の全貌を伝えてある。オニキスの離反の原因がトーマスの暗殺であった、ということも伝えた。
「グラント、もしもの場合は頼むぞ」
「……もしもの場合なんて、起こりえないでしょう」
もしもの場合――グラントはおそらく「クーデターに失敗した場合」もしくは「クーデターの最中に俺が倒れた場合」のことを言っているのだろうが、俺が言っているのは、もっと先の話だ。
これは誰にも言っていないことだが、俺がプレイヤーに倒された後は、オニキスを参謀として、グラントがこの国を引っ張っていくと良いだろうとまで俺は思っている。グラントはそれくらい賢く、俺の側にいるのがもったいない男だ。
「グラント、お前は騎士団長になっても不足の無い騎士だ。お前が騎士団長になれないのは、ひとえに、お前が平民出身だからという理由で推薦状を拒否し続けている貴族連中のせいだろう」
「……ありがたいお言葉ですが、ジョンさまがいらっしゃる限り、自分は騎士団長にはなれないでしょうね」
グラントの言葉に苦笑する。この堅物は、どうにも自身を過小評価するきらいがあった。
「グラント、この世は強さが全てではない。お前の知略には、俺も舌を巻くよ」
「ありがたきお言葉」
そんな会話をしている間に、俺たちは国王がいる部屋までやってきた。
「さぁ、いよいよだ」
すでに王城の周囲は俺直属の部下である騎士たちが包囲しており、使用人たちは、忠義に厚い一部の者以外、逃げ出している始末だ。
大きく扉を開ける。俺は室内でゆったりと紅茶を嗜んでいる国王を確認すると、懐から一通の便箋を取り出した。
「……リチャード・ロメ陛下。議会の議員であるトーマス殿を暗殺した容疑がかかっています。なお、証拠も揃っておりますゆえ、おとなしく連行されてくださると助かるのですが」
「証拠、とな……? まぁ良い、この状況で暴れるほど、私も老いてはおらんよ」
国王を拘束しようと、グラントが一歩前に出る。俺はそれを片手で制して、「俺が陛下を連行する」と言った。
「食えん男だ。つくづく、貴様が部下で良かった」
「……どういう意味です?」
国王の言葉に眉を顰める。クーデターを起こすような男が部下で良かったなんて、いったいどんな感性をしているのか。あるいは、なにか秘策があるのか。
トーマス暗殺についての証拠は、偽造したものだ。何でも屋みたいな生業の人物に証拠を作らせて、それをグラントに掴ませた。腐っても国王というべきか、証拠になりそうなものは、なにひとつ出てこなかったから、偽造するという手段に出ざるを得なかったのだ。
国王は、証拠が偽造されてものであると気付いているはず。そして、トーマス暗殺の件はあくまできっかけに過ぎず、これは軍事クーデターであるということも分かっているはずだ。なのにどうして、俺が部下で良かった、などと言えるのか?
「お前の手にかかるのであれば、この国が滅んでも……まぁ、致し方あるまいよ」
国王の言葉の真意は分からなかったが、なにか秘策があるというわけではないらしい。
念のため警戒しながら国王を王城の地下まで歩かせる。
「……滅ぼすつもりはありませんよ。結果的に滅びるかもしれませんが」
少し考えた後に俺が言うと、国王が少しだけ笑った気配がした。
「なにか不便なことがあれば、お申し付けください」
「あぁ、そうしよう」
腐っても国王、彼に不便をさせるつもりは無い。俺の目的は、あくまで国王の実権を奪うことであって、国王の命を刈り取ることじゃない。それに、議会メンバーとは言えども、トーマスは市民――つまり、貴族ではない平民だ。貴族を暗殺したとしても国王であれば許されるこの世界で、平民をひとり暗殺した程度の罪状でできることは限られている。
このクーデターはあくまで俺に軍事力があったから可能だったことであり、トーマスの一件は、民衆を納得させるために利用したに過ぎないのだ。
「……なにはともあれ、成功ですね」
「あぁ」
あとは、王女に会いに行って、事件の顛末を伝えるのみ――王女を傀儡として、この俺、ジョン・カマルの悪名を、世界に轟かせるのだ。
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