第4話 前進、そして失踪
議会が始まった。
円形のテーブルが中央に置かれた室内は、議会が開かれる場所だという厳かなイメージとはほど遠く、豪華絢爛に飾り立てられている。高価そうなシャンデリアが目に痛い。
テーブルには、上座の国王をはじめとした貴族連中と、資産家連中、聖職者、そして下座に市民代表のトーマスが着席していた。
「それでは、今期の決算についての報告を」
国王にして議長であるリチャード陛下の言葉に、陛下の秘書が書面を読み上げる。
決算だとか予算だとか、そういうことは事前に決められたセリフを読み上げているだけなので本当につまらない。誰がどう質問して、どのように答えるのか――それらが全て決まっている。出来レースもいいところだ。
「マンディンカ帝国の情勢について、新しい情報はあったか?」
「近々内戦が起こるようです。我が国の武器商人から、大量の武器を輸入しているとの情報が」
「武器は国を通して買ってもらわねば困るな」
「現状、武器商人が資産をため込んでいるのではないか?」
「その武器たちが我が国に牙を剥くようなことは無いだろうな」
マンディンカ帝国とは、このロメ王国の南に位置する宗教国家だ。あまり外交には積極的ではないため、ロメ王国も、少々扱いに困っている。
特に、宗教国家ということで、政治と宗教を切り分けて考えているロメ王国とは相性が悪い。マンディンカ帝国の地雷がどこに転がっているのかが分からない以上、下手に刺激するわけにはいかないのだ。
「では最後に、市民代表」
「はい」
――来た。
テーブルを挟んだ向こう側、俺の正面に立っているオニキスが少しだけ身じろいだ。
「市民代表として、このトーマス、ひとつ深刻な問題点を述べたいと思います。それは、スラム街についてです」
資産家が興味を失ったように壁を見つめている。貴族連中は窓の外、沈みかけた太陽を目で追いかけつつ、時計を気にしているようだった。
だが、今回は、話を聞いてもらうことが目的じゃない。もちろん話に耳を傾けてくれることが最善、ベストな状況だが、貴族連中も資産家連中も、聖職者たちも、スラム街に興味なんて無いだろう。影響力の少ない市民代表の言葉なんて、そもそも気にかけてなんていないのかもしれない。
だから、今回の議会での目的は、勝利ではない。勝利のための布石を打つことだ。
「そもそも、なぜスラム街は隔離されているのでしょうか?」
トーマスはどこか演技がかった口調で、朗々と話を続けた。
議会で行なわれた会話は、すべて公文書として記録が残る。今回の目的は、公文書の中に、スラム街についての記述を残すことだ。
公文書は、すべての資産家や貴族、そして一部の市民に、その内容が公開される。特に商人は政治の動向に自身の商売が左右されるため、新聞代わりにチェックしている場合も多い。
地道な活動にはなるが、オニキスひとりが民衆ひとりひとりに訴えかけるよりも、トーマスが議会に訴えるほうが、市民に対して説得力があるのだ。
公文書を一次資料として読んでいる市民の中には、「スラム街の解放」を意識し始める者もいるだろう。そして、民衆の間に波紋が広がり始めたとき――オニキスという実力のある貴族までもが「スラム街の解放」を訴えたとしたら、その波紋は大きく、効率的に広がっていくはずだ。
トーマスが、「過去に疫病が流行したことがスラム街を隔離している原因だと言われているが、疫病が収束した現在において、スラム街を隔離する必要性はもはや無い」というところまで話したとき、国王がトーマスの話を遮るように口を開いた。
「トーマス殿の言いたいことは分かった。だが、皆も集中力が切れているらしい。時間も時間だ」
俺は思わず顔を顰める。原則として、議会では相手の主張がひと段落するまでは、話を遮ってはいけないことになっている。
しかし、国王の言うことにも一理あった。議会が終了する予定の時間はとっくに過ぎていて、太陽はほとんど沈みかけている。
「しかし、陛下――!」
「そう焦らずとも、今日は議会の初日……詳しい話は、明日、一番に聞かせてくれ」
「……!」
国王の言葉に、トーマスはあからさまに驚いた表情を見せた。オニキスは無表情を貫いていたが、俺もトーマスと同じように、驚いた表情を隠しきれていなかったかもしれない。貴族連中の中にも、驚いた顔をしている人がちらほらと見受けられる。
基本的に、市民代表の発言力は低い。だから、市民代表は、議会がほとんど終わりかけている頃から、議会が終わるまで――その短い間でしか発言を許されないのが一般的だ。
だが国王は、いま、明日の会議では「一番に聞かせてくれ」と言ったのだ。これはつまり、明日の議会においては、時間の制約を気にすることなく、スラム街についての議論ができるということである。
「あ、ありがとうございます、陛下……!」
「礼には及ばん」
トーマスが勢い余って立ち上がる。深く礼をした彼は、興奮冷めやらぬ様子で再び着席した。椅子の足に引っかかって転びそうになったのは、ご愛嬌だ。
「では、本日はこれで解散とする」
議長である国王の言葉に、一気に場の雰囲気が緩む。俺は真面目な顔を装って、議会のメンバーが退席するのを待った。
騎士が退室するのは、一番最後だ。騎士が先に退室してしまうと、室内でなにかが起こっても対処できないからだ。よって、騎士は、他の全員が退出するのを見送らねばならない。
「やったな、オニキス」
「あぁ、思っていた以上の進展だった」
勉強熱心で聡明なオニキスは、国王の言葉が意味するところに気付いたらしい。すなわち、明日になれば、オニキスが訴え続けてきた「スラム街の解放」について、きちんとした議論がなされるかもしれない、ということだ。
「祝杯は、明日のために取っておくとするか。ジョン、明日は付き合ってくれるか?」
「気が早いなぁ。もちろん、付き合うよ」
翌日、市民代表のトーマスが、議会に姿を現すことは無かった。
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