引っ越しと出会い
第16話 家探し
引っ越しをすることに決めたマティアスと弘人は、数少ない自分の荷物を持って出かけていった。
「地下都市界での引っ越しのコツとかあるんですか?」
弘人はナップサックに詰め込んだ品物を運びながら、自分の師匠に尋ねる。
「ないね!」
青年は元気よく答えた。
「ここじゃあほとんどの家が空いているよ。地震のせいで窓が割れていたり、壁に穴が空いていたりして散々だけどね。たまに火事が起きて、そもそも燃え尽きることもある。だから、いかに形を保った家を見つけるかが問題になってくるのさ」
マティアスはできるだけトウキョウからあまり離れていない場所を選びたいようだった。理由は海鋒さんの情報を必要としていて、すぐに彼の店を利用できるような距離のところにある家が良かったからである。
暗い道を歩いて約一時間、やっと四角いが広い、比較的マシなアパートの残骸を見つけた。
「いーじゃん。弘人はどう思う?」
マティアスは目を細めて弟子に尋ねる。
「俺もいいと思います」
「よし、決めた! ここにしようじゃないか。ネズミの匂いがするからまずは駆除しないといけないけどね」
「ネズミ……?」
ネズミやゴキブリが中にいそうということだろうか。
「弘人にはまだわからないか。人がいるんだよ、誰かのアジトになっているみたいだ」
「えっ、じゃあ別のところに……」
不安そうな顔をする弘人に、青年は首を振る。
「ダメだよ、そんなへっぴり腰でいちゃあ。どうせいつかは戦うことになるだろ? だからさっさと終わらせるんだよ」
師匠はすっとナイフを取り出し、弘人に投げる。
「弘人も来なさい。いい加減『殺し』を覚えないと、明日には磔にされて死ぬぞ」
「なんで磔なんですか……」
そう返しながら、弘人は唾を呑む。
ああ、本当は殺しなんてしたくない。血もなにも見たくない。
けれど……死にたくもない。これは生きるためなんだ。仕方がないことなんだ。
「よし、いくぞ」
ドアノブの取れかかった扉を開け、マティアスが先頭で二人は入る。真っ暗な部屋にいた男は、いきなり明るくなったことに気づいて振り向いた。
敵が反応する前にだっと中に走りこむマティアス。瞬時に目が黒く反転し、ナイフで相手を切りつける。
「あがああああああッ!!」
暗い室内に悲鳴がこだます。中には二人しかいなかったようで、弘人は二人目を殺ろうと飛び込むが、動きが遅く逃げられてしまう。そいつは二人に向かって銃を向ける。
「う、動くな!撃つぞ!」
マティアスは表情筋をまったく動かさないまま、弘人に目配せをしてささやいた。
「弘人、見ろ。床に誰かが転がっているぞ」
少年が驚いて目を凝らすと、確かに地面に誰かの体が横たわっているのが見えた。長い髪からしてどうやら女の子だ。彼女は気を失っているようで、服は乱れていた。
まさか、奴らは……
弘人は銃を構えた男を見る。
この子を強姦しようとしていたのか?
びきびきと弘人のこめかみが浮き出る。怒りが徐々に意識を呑み込んでいく。
なんていう……なんていう最低な行為なんだ。
師匠の言う通りだ。こいつはぶっ殺さなきゃあいけない。
片目が漆黒と化した少年はすぐさま包丁を持ち、銃が当たらないよう低く身をかがめながら走り出した。男はすかさず撃つが、銃に慣れていないのか、弾はあらぬ方向へと飛んでいく。
弘人は相手の足に向かって飛びつき、男とともに倒れる。そのまま刃物を奴に刺そうと振り上げるが、そこで一瞬躊躇してしまう。
(本当に、また殺すのか……?)
だが男の手が落ちたピストルに触れたのを見たとき、さっさと始末したほうが良いと判断した少年は男の首より少し下に包丁をグサリと刺す。
「ぎゃああああああああ!!!」
断末魔が部屋に響き、マティアスはにこにこしたまま手を叩いた。
「素晴らしい、弘人! 百点満点だ! あとは俺に任せてくれ」
また師匠の惨殺ショーが見られるのだろうか。弘人は憂鬱な気分になりながらも、男を師匠に引き渡した。
だが、青年は弟子を配慮してか、外に出てそこで相手を始末してきた。その間に、弘人はいまだ目が覚めない少女のほうへ駆け寄る。
彼女は弘人と変わらない年齢くらいの子で、長い綺麗な黒髪は床全体に広がっていた。まつ毛は長く、肌つやもいい。
弘人はそっと開いていたシャツの胸元を閉じる。
「その子はこの布団の上に置いておこう」
いつのまにか帰ってきたマティアスが弘人に告げる。少年は頷き、彼女を布団まで連れて行ったあと、そっとシーツをかけてやった。
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