第15話 一新

 家へ戻る間、マティアスはずっと黙っていた。弘人も彼が思い詰めている空気を察して、特になにかを尋ねることはしなかった。

 部屋に戻ってからも青年はなにも言わず、CDプレイヤーからクラシックピアノ曲を流しながらなにかを考え込んでいた。

 弘人は邪魔にならないよう、ナイフ磨きを始めた。


「弘人」


 家に戻って二十分たったとき、師匠が突然弟子の名を呼んだ。


「君は家族が好きかい?」


 弘人は戸惑ったが、自信のある声で答える。


「はい、大好きです」


 家族は今では自分の唯一の生きる目的だ。どんな辛いときでも、弟妹や母親は一緒にいてくれる。


「そうか……、俺は……嫌いだ」


 マティアスは悲しそうに、ぼそりと呟いた。


「俺はとても悪い奴なんだ。家族に対して、取り返しのつかない罪をしてしまった……。家族を守ろうとする弘人と違ってね。……本当にいい子だね」


 マティアスは軽く弘人の頭を撫でた。長男であったせいか、かわいがられるのは弘人にとって久々だった。そのせいでどこかむずがゆく感じる。

 青年はぐっとのびをした。


「よし、いつまでもうじうじしてちゃあダメだな。決めたぞ、弘人。引っ越そう!」


「え」


 突然の師匠の宣言に、弘人は面食らう。


「いつあのカウボーイがまたやってくるかわからない。あの人は間抜けに見えて、案外鋭いからね。居場所を変えたほうがいいだろう。明日には出よう。荷物をまとめるぞ!」


 急に元気に動き回り始めた師匠に、弟子はついため息をつくが、とりあえず青年がいつものように戻ったのを見て安心した。





 上界、東京のとある高級住宅街の一角。佐藤勝彦は大きな屋敷に到着した。

 執事に案内されたまま、大理石でできた白い床を歩き、高級な木材が使われた階段を上る。部屋の扉の一つが開かれて、カウボーイは中に足を踏み入れた。


 部屋には大きな窓があり、真ん中には大きな社長机、そして革でできた茶色の椅子が置かれている。

 椅子には一人の人物が座っている。癖のついた髪、狡猾そうな細い目、気味の悪い微笑を浮かべた人物だ。


「おや、もう帰ってきたのかね。佐藤くん」


 声は少し高いが重圧感があり、周りの空気を震わせた。


「仕留められたかい、我が社のを」


 カウボーイはまるでその威圧もまったく気にしないといった風に、普通に首を横に振った。


「まだですよ、旦那。俺の仕事が遅いのは知っているでしょう。遅いですが、確実に依頼は達成しますよ……。しかし、本当にあの男を殺すべきなんですかねぇ。追放されていますし、貴社のことべをらべらと話しているようには見えなかったのですが」


「んふふ、君がそんなくだらない質問をするとはね」


 男は憐れみのこもった目つきで、佐藤を見た。


「マティアスが話すか話さないかが問題ではないんだよ、佐藤くん。彼の存在自体が問題なのだ。彼が黒目病にかかり今は地下都市にいることが、万が一マスコミに漏れてしまったら、我が社は広大な損失を被ってしまう。彼には理性がないのだ。何をするのかはわからない。だからその前に、確実に消さなければならない。それに……」


 そこで太陽が雲に隠れ、部屋が少し暗くなる。


「やつの小さな仲間はまだ見つかっていない。あれが動き始めたら、もう終わりだ」


 男は立ち上がり、外を見つめながら目を細めた。





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