初仕事

第3話 金稼ぎへ

 黒目病くろめびょうとは、約二十年前に流行りだした謎の病気の名称だ。感染経路は不明だが、少なくとも飛沫、血液感染ではないことが証明されている。わかっているのは、黒目病に感染した者は倫理観が狂ってしまい、ささいなことで殺意を抱き人を殺してしまうことのみである。


 例えば、ずっと鼻をすすっている人がいるとする。普通の人間はうるさいな……と少し不愉快に思う程度で終わるのだが、黒目病患者はそれに激昂してしまい、そのまま相手を殴り殺してしまうのだ。

 また患者はひどく好戦的になり、格上の相手にも戦いを挑んでしまう。メリットは運動神経が桁外れに良くなることくらいだろう。


 黒目病の患者の人間としての生活は長くは続かない。その病気は進行するのだ。そして進行するたびに、だんだん理性は消えていく。進行は5段階に分けられる。


 第一段階(つまり弘人の現在の状況)では、症状が出るときに片方の眼球のみが黒に染まり、瞳孔が細くなるという特徴がある。二、三年それが続いた後、病気は第二段階に移る。


 第二段階は三、四年程度続く。片目だけではなく、両方の目が黒く染まるようになる。


 第三段階(マティアスの現在の状況)は十年と次の段階まで移るのに結構長く、目の部分に加え顔に黒い模様が浮かぶという症状が出る。


 第四段階は五年程度続くが、理性はもうあまり残らず、体がだんだん動物のような長い毛におおわれ、爪も長く硬くなってくる。


 そして第五段階。黒目病患者は殺されることよりも、黒目病の末路を恐れる。第五段階では、人の理性は完全に消滅する。体全体が毛におおわれてしまい、本当に動物のようになってしまうのだ。言葉を忘れ、以前の記憶も消える。ここまで病が進行してしまった人たちの大半は、他の患者に殺られるか、派遣された自衛隊に射殺されてしまう。だから、患者たちはそのまま生きながらえるより、さっさと死ぬために無駄な戦いに挑むことが多かった。


 このような危険な人物たちを社会に野放しにしておくわけにはいかない。そこで彼らの居場所となったのが、巨大な地下街だった。それは半径120キロメートルの範囲で、かなり広い。

 黒目病を発病した人はまだ症状が進行しないうちに捕らえられ、東京に唯一二つの世界をつなぐエレベーターから地下都市に送られる。地下都市での地名はカタカナで表される。


 地下都市には建物はあるが、改築はされず一番安いコストで建設されているので、ボロボロのものが多い。法律もなにもないので(あったとしても患者たちが従うわけがないので)、街中で患者がお互いを殺し合っている状況が続いている。食料は特定された場所で配布されるが、当然争いが起こるので実質ただの奪い合いとなる。


 日本国民からはもちろん犯罪者まがいの人たちに、食料をわざわざ税金を使ってまで与えるのはおかしいのではないかという声が上がっているが、かといって餓死させるのも残虐であるので、政府はこの事業を続けていた。


 ちなみに、黒目病は日本だけではなく全世界に蔓延しており、ヨーロッパやアメリカなどあちこちに彼らの住む場所である地下都市が存在する。


 弘人は他の黒目病患者と同じように、感染して暴れてしまったところを捕らえられ、地下街へ送られてきた。幸い、人を殺さなかったが、どうせ彼の手はこれから血に染まる。この狂った世界では「殺し」でしか自分の身を守ることができないからだ。




 弘人とマティアスが出会った次の日、弘人は彼が宣言した通り、政府の賞金首稼ぎの管理センターがある場所へ行った。


「さ、俺が来るのはここまでだ。あとは自分で中に入りな」


「はい……。でも本当にいいんですか?」


 少年は不安そうに、マティアスの薄い色の目を見つめた。


「忘れたのかい、俺は君の師匠だ。師匠が弟子をサポートするのは当たり前だろう。あ、ただ賞金を選ぶとき君が嫌悪を感じた相手にしてくれ。とびっきりのクソ野郎が一番殺しがいがあるからね」


「……わかりました」


 弘人は賞金首稼ぎの管理が行われているトウキョウバウンティハンター管理センターへ向かった。施設は固いコンクリートでできていて、簡単に破壊できるものではない。中に入ると、数個の機械が置いてあった。ATMに似ているが、それよりもずっと頑丈そうに見える。


『こんにちは、トウキョウバウンティハンター管理センターへようこそ。初めていらっしゃった方は登録をお願いします。すでに登録されている方は、画面中央にある欄にユーザー名とパスワードを入力してログインしてください』


 弘人は機械の指示に従い名前を入力した。ちなみに黒目病患者は地下街に送られる前に、政府に個人情報登録されるので名前を入れるだけで生年月日やら血液型やらが出てきた。


『黒目病の進行段階を調査するために、血液を採取します。人差し指を緑色の枠の部分に置いてください』


「採取……?」


 機械の言われた通りに緑色の枠に人差し指を置くと、ちくっとした痛みを感じた。


『血液の調査が完了しました。結果は”第一段階”です。第四段階からは当サービスがご利用できなくなります。ご了承ください』


 画面が移り変わり、「入金」「引き出し」「送金」「物品交換」「依頼一覧」「依頼結果送信」の五つが表示された。恐る恐る弘人は「依頼一覧」を押した。

 すると、画面いっぱいに大量の写真付きの名前が上がった。そのうち一つをタップすると、その人物の詳細な情報が表示される。

 殺人、強盗、麻薬……その他もろもろの罪を犯した者たちばかりだった。

 弘人は誰をターゲットにするか決めかねた。少年はしばらく画面をスクロールした。


 一番下にたどり着くと、一人うん百万円というものすごい金が課せられた人もいたが、それほど奴らの犯した罪が重いとのことなのだろう。

 ちなみに稼いだ賞金で、飲食物を購入し、この管理センターで受け取ることもできる。だが、弘人が欲しいのはあくまでも金だ。


 とある人物の詳細情報に、「詐欺」という言葉が出てきた。それが弘人の目に入った瞬間、突然頭が激痛に襲われた。片目の眼球が黒に染まる。憎悪と怒りが弘人を支配した。


 蘇るのは___首を吊った父の姿


「うわああああああ!!!!!!」


 憎い憎い憎い……許さない! 父親を追い詰めた奴らを!! たとえ父が愚かだっとしても、そもそもの原因はあいつらなのだ!!


 弘人はその人物を殺すことにした。一匹狼の詐欺師、田村たむらしげるを。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る