第2話 情けは命取り
「弘人は下がっていな!」
言われた弘人は慌てて、後ろに隠れた。5人が一斉に襲いかかってくる。瞬時に目が黒くなった青年は持っていたナイフで、最初に攻撃してきた男を胸から腹にかけて切り裂いた。それから、横にいた二人も躱し、胸に武器を突き立てた。血が吹き出し、周りを汚した。鉄分の嫌な匂いが部屋に充満する。
青年は四人目に関しては、足のみ切って動けなくさせた。慌てた5人目は愚かな行動に走った。後ろにガタガタ震えながら潜んでいた弘人を襲い、彼の喉元にナイフを突き立てて脅したのだ。
「やめろ! 一歩でも動いたらこいつの喉を切り裂いてやる!」
青年は瞬きをした。
「別にいいさ」
彼は一切の焦りもせずに言った。
「その少年にはなんの思い出もないからね。出会ったばっかだし」
弘人は一瞬呼吸することができなくなった。自分はここで死ぬのか?
だが、敵は人質を殺す前に死んでしまった。彼が動揺した隙をついて、青年が頭を突き刺したのだ。
「なーんてね。子供を触るんじゃないよ」
心底軽蔑した目で、彼は死んだ相手を睨みつけた。それから青年は足を切って動けなくした最後の一人に向き合った。
「さあて」
彼は恐ろしい笑みを浮かべた。
「教えてもらおうか、君は誰の手先で、なにしにきたのかを」
「貴様ッ……! 覚えていないのか! 我々はお前に組織を壊滅された! ボスも殺され俺たち5人しか残らなかった! これは復讐だ!」
男の言ったことを聞いた青年はしばらく黙っていたが、突然大声で笑い始めた。
「あっはははははは!!! 面白いね!! 復讐だって?! 弱者が組織を作ってお互いの身を守ろうとするなど!! 『八大地獄』の者でもあるまいに! それに殺された主君のためにわざわざ自分が死ぬリスクを侵してまでここに来るなんて! 忠実だね! でもそんなのこの世界にはいらないんだよ。かわいそうに、君の命がここで尽きることになるなんて」
青年はしゃあしゃあとまくしたてたが、弘人には少し相手がかわいそうに思えてきた。
「あの……」
彼は恐る恐る青年に呼びかけた。
「殺す必要はないんじゃないですか……? ちょっとかわいそうですよ……」
「かわいそう?」
青年はまるでその言葉を初めて聞いたというような、不思議でたまらないといった顔をした。その隙をついて、男が隠し持っていたカッターを彼に突き刺そうとした。
「あ!」
弘人は叫んだ。だが、遅かった____と思われた。実際カッターはガキンッと音を立てて、割れてしまった。青年は一切相手のほうへ振り向かないまま、きちんとナイフでガードしたのだ。
「なに?!」
にやりと青年は笑った。
「ざんねーん。反応できないと思った? バーカ。というわけで、
もう一度、青年はにっこりと笑うと、哀れな相手の首を切った。
「んー、血だらけになっちゃったな」
立ち上がった青年は自分のコートについた汚れを見た。それから自分のアパートの壁を見て、小さなため息をついた。
「弘人、これ掃除してくれないか? 俺は風呂入ってくる」
「え……」
弘人が何かを言う前に、青年は部屋の奥へと消えていった。仕方がなく、弘人は部屋の古ぼけた洗面所に行き、半分曲がった蛇口でそこらへんに落ちていた布切れを濡らした。というかこの世界水道ちゃんと通っていたんだ……と少年はどこか感心していた。
青年は5分で風呂から出た。今はYシャツとスラックスのみ着ている。彼はそのまま洗面所で、自分の汚れたトレンチコートを洗い始めた。
「すみません、あの……」
「師匠!」
青年は弘人に背を向けたまま言った。
「え……?」
「君は俺の弟子になったんだろう? 一応マティアスっていう名はあるけど、とりあえず師匠って呼んでくれ」
「はい、わかりました……。あ、あの、この死体ってどうすればいいですか?」
「え?」
マティアスが振り向くと、弘人が気まずそうに床に転がっている死体を指さしているのを見つけた。
「あー、外に出しといて」
「外……ですか……」
弘人は仕方がなく、匂いに吐きそうになりながらも散らばった内臓をかき集めて、外にそれらを捨ててきた。
全てを片づけたあと、弘人は疲労のため息をついて、マティアスの部屋にある血痕の残ったソファに座った。青年はなにやら小さな機械をいじっていた。
「ちょっと待っててね。俺は音楽がないと落ち着かないんだ」
彼は機械の中にCDのようなものを入れながら呟いた。
「よし、できたぞ!」
音が急に小さな機械から流れ出した。どうやらクラシックピアノ曲集だろう。美しい音が耳を癒す。曲はショパンの「革命」だった。マティアスはそのままハミングしながら、汚れた台所から缶詰を持ってきた。
「ほら、これが夕食だ」
「あ、ありがとうございます……」
カレーの缶詰だった。少々辛かった。
「もうあんなことはやるんじゃないよ」
マティアスは突然言った。黙々と食事していた弘人は、「え……」と声を漏らした。
「敵に情けをかけること。この世界ではそれは命取りになる」
ランプの光で、マティアスの目が赤く光る。
「……ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。君は弟子だろう。学ぶことはきっとこれからもたくさんある。だが覚えておけ。理性と憐れみはここではいらない。ここにいるのは黒目病にかかって、地上から追放されたやつらだ。まともな精神をしていると思うなよ。特に賞金稼ぎをしようと思っているならね。ま、さっき殺した、人間の心がまだ残っている連中もたまにいるけどな」
青年はにやりと笑う。影が顔に落ちて、不気味に見えた。
「というか、君本当に俺のとこで学ぶつもりなの? ほら、さっき見たからわかると思うけど、俺敵だらけだしいつ襲われるかわかんないよ」
「んー」
弘人は顎に手を当てて、少し考えた。
「いや、別に大丈夫です。むしろ、そっちのほうが都合がいい……」
「ほう?」
マティアスは弘人の意思を探ろうと、その茶色の目を向ける。
「これほどまでに強い敵がいながらも、師匠が殺されることはなく、生き延びている。強い力を持っているという証拠ですね。賞金稼ぎにはもってこいだ」
「おいおいおいおいおい。まさか、俺を賞金稼ぎに使うつもりなのか? なんとも勇気のあるガキだね!」
一瞬、黒い模様がマティアスの顔に浮かんできたが、それはすぐに消えた。
「でも家族のためなんだろ? まったく仕方がない奴だ。ならば申し込みとかは君がやってくれ。俺は政府と仲悪いから、あの管理センターには入りたくないんだ。いいかい?」
目をつぶってマティアスは言う。弘人はてっきりめんどくさいとあしらわれると思っていたが、彼が案外乗り気だったので少し驚いた。
「なんで政府と仲悪いんですか?」
弘人が気になったことを尋ねると、マティアスはその薄い茶色の目を開け、じっと少年を見つめた。
「……少しいろいろあってね。別に気にしなくて結構だよ」
その声はいつもより冷たく、重みがあるような気がした。
目の前の男が信用できるのか、それともこれはなにかの罠なのか。弘人にはわからなかった。
いずれにしろマティアスは「悪魔」にしては優しすぎる気がした。______気味が悪いほどに。
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