第61話 沙々霧涼子は鬼になる
最近のみちる、本当に生き生きとしているわね。
私も嬉しいわ。みちるにお友達が出来てくれて。
嬉しいけれども、やっぱり少し羨ましいわね。私も……二人が言うようにそのうち出来るのかしら。
でも正直なところ、全くそんな気がしないわ。
ええ。少しばかり羨ましいけれど、でも問題無いわ。だって私は、元々一人だもの。
それが今は、人数こそ少ないけれど大切な、大切なお友達が出来たんだもの。
冬休みも近付いて来たことだし、真紀さんも誘って何処かに行く予定でも立ててみようかしら。
夏休みは結局、殆ど遊びに行かなくて由利子の不満が爆発してしまったのよね。
ランキングの方も順調なのだし、少しくらい遊んでも問題無いでしょう。
思い返せば初詣とか、家族でもあまり行ったことが無いのよね。お友達で集まるのだし、クリスマス会なんかもやってみたいわ。
ああでも、私個人でもやりたいことがあるのよね。
まあ、その件はおいおいということで、まずは皆で遊びに行く予定を立ててしまいましょう。全員の予定を合わせるのは大変だものね。
でもその前に。
「ねえ由利子。期末試験は大丈夫そうかしら?」
「うん? リョーコは心配性だなぁ。大丈夫、自信あるよ」
「そう、それなら良かったわ」
由利子の成績だけが懸念材料だものね。でも確かに心配し過ぎだったかしら。
今までの定期試験も問題無かったのだし、信用してあげるべきだったわよね。
「なんせ今まで赤点なんて取ったこと無いからね」
……? 何かしら、途端に言い知れない不安に駆られてしまったわ。
「ねえ由利子。本当に大丈夫なのよね?」
「だから大丈夫だって」
「ちなみに中間試験はどうだったのかしら?」
「中間? 問題無いよ。赤点取ってないし」
…………。
「えーと、由利子さん、順位はどうだったんですか?」
どうやらみちるも何やら言い知れない不安に苛まれているようね。
そう、順位。順位を聞けばだいたいわかるでしょう。
「中間の順位? 確か32位だったかな?」
32位……。一学年で二百人はいるでしょうから、悪くない順位ね。
むしろ思っていたよりよっぽどいいわ。
「ええと、それは学年での順位ですか?」
「え? いやクラスのだけど?」
クラスの……。ひょっとして由利子の学校ではひとクラスで百人くらいいるのかしら。
だとしたらそれはとても……大所帯ね。
「ええと……、由利子さんのクラスは、何人いるんです?」
「38人だけど?」
そうよね、二百人もいるわけがないわよね。
38人……、そのうちの32位……。なるほど、最下位ではないわね。
そうね、思っていたより少しばかり――いえ、かなり悪かったけれども――
でも本人が問題無いと言っているのだから、まあ問題無いのでしょうね。
…………。
そんなわけが無いわよね。
「……困ったわね、冬休みは皆で何処かに遊びに行こうかと考えていたのだけれど――」
「えっ、行く行く! どこ行こっか!」
「でも中止せざるを得ないようね」
「ええっ!? なんで!?」
ああ、由利子に悲しそうな顔をさせてしまったわ。
夏に続いて冬まで、由利子に悲しい思いをさせてしまって――
「 あ な た の せ い で しょ う が 」
「なんでぇーーーー!?」
「冬休みはお勉強会よ。いえ、それでは遅いわね。今から始めるわよ」
「やだー! 勉強やだー!」
ああもう、由利子の言葉を信用した私が馬鹿だったわ。これからはもっと疑いましょう。
「私もお手伝いしますよ。1年の範囲から復習した方が良さそうですし」
「そうね、助かるわ」
でも、そうね。お勉強会。初めてのお勉強会。ふふ、楽しみだわ。
「勉強やだー! 勉強怖いー!」
……もう、いきなり気分が削がれるわね。
「何が怖いと言うの」
「だって勉強するとあたしがあたしじゃなくなっちゃう気がするんだもんー!」
「わけのわからないことを言ってないで、始めるわよ」
「勉強やだあああああああ! 遊びたいいいいいいいいい!」
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「ほら由利子、ここ間違えてるわよ」
「うぇぇぇぇぇぇぇ」
「公式を当て嵌めれば簡単に答えが出るんですから」
「そんなの覚えらんないぃぃぃぃぃぃ」
……参ったわね。暗算は得意のようだったから数学なら――と思ったのだけれど。
公式を全く覚えてくれないわ。むしろ覚えようとすらしてくれていないように感じるわね。
「暗算だけなら私より速そうなんですけど……それがどうして……」
「暗算は昔から得意だよ! ゲームとかでよく計算するし、買い物とか料理とかでも暗算できると便利だもん!」
なるほど、日常的に使ってさえいれば問題無く出来るのね。
それならば複雑な公式なんかも日常的に使っていれば――というのは難しいわよね。
「小学校の頃はね? あたし勉強得意だったんだよ? 100点だって沢山取ったし」
「今出来なければ意味が無いのよ」
「えぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「ほら頑張って頂戴。冬休み遊びに行きたいんでしょう? それなら期末試験でいい点を取ること」
「無理ぃぃぃぃぃぃ」
これは難題ね。そもそも全くと言っていいほどやる気が無いわ。
と言うより、本当に勉強そのものを恐れている感じかしら? 教科書を見ることすら嫌がっているんだもの。
何かトラウマでもあるのかしら……でもだからと言って放っておくわけにもいかないわよね。
どうにかしてやる気を出させたいところだけれど、方法がわからないわ。お手上げね。
「いいわ。こうなったらとことん付き合うから覚悟しなさい」
「やだぁぁぁぁぁぁぁぁ遊ぶぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「私だって……遊びに行きたかったわよ。クリスマス会とか、やってみたかったわ」
「あ、クリスマス会、やりたかったですね」
「うっ……、ぐ……」
でも仕方ないわ。ここは心を鬼にしましょう。由利子の将来が掛かっているんだものね。
「…………わかった。ちょっと頑張る」
……あら?
苦虫を噛み潰したような顔は相変わらずだけれど、少しばかり前向きになってくれている……かしら?
何か心境の変化が起こるようなことがあったかしら?
「……何点くらい取ればいいの?」
「そうね、総合得点で平均点以上を取ってもらおうかしら。もちろん赤点が一つでもあったら駄目ね」
「厳し過ぎない!?」
「平均点で厳し過ぎるなんて言われても困るんですけど……」
「私は心を鬼にすると決めたの。さあ、キリキリ勉強しなさい」
「鬼ぃぃぃぃぃぃぃぃ」
ぼやきながらも、今度はきちんと教科書に向き合っているわね。
これは――ひょっとしたらひょっとするのかしら?
「総合得点でいいのよ。苦手強化を克服するも良し、得意教科を伸ばすも良し」
「ちなみに由利子さんの得意な教科ってなんですか?」
「えっと……、さ、算数……?」
「高校に算数は無いわよ」
「理不尽だぁぁぁぁぁぁぁぁ」
はあ……。やっぱり不安ね。
「ところでさ」
「何かしら」
「そのメガネ、何なの?」
何なのかと聞かれても……。
私は黒縁の眼鏡を、みちるは金縁の丸眼鏡を掛けている。
ただそれだけのことなのだけれど。
「眼鏡は眼鏡よ」
「いや、なんで掛けてるのかって聞いてるんだけど……」
「勉強を教える時に眼鏡を掛けるのは常識でしょう? 漫画で読んだわ」
「あ、うん……。そっか」
「どうもそういうことらしいです」
「みちるも巻き込まれて大変だね」
……?
何かおかしかったかしら?
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魔法少女の放課後サーガ ESTHEL @esthel
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