第60話 西園寺みちるは発散する

 うーん、またやってしまいました。

 頑張って抑えようとは思っているんですけど、抑えれば抑えるほど溜まってきてしまいます。


 なんとか爆発しないようにするには――少しずつ発散?

 でもそれだと以前に逆戻りするだけのような……。


 あ、そうだ!



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「みちる、なんか最近ご機嫌? 何かあった?」

「あ、わかっちゃいます? 実はですね、学校でお友達ができまして」

「へぇー、やったじゃん!」


 高校デビューは失敗しちゃいましたけど、ようやく、ようやくなんです!

 私の高校生活はこれからなんです!


「良かったわね、みちる。私のようにならなくて……」


 ああああ、涼子さんがネガティブモードに入ってしまいました!?


「リョ、リョーコだってそのうちできるから!」

「そ、そうですよ! 涼子さんも何か部活でも始めてみたらどうですか!?」


 そ、そうでした。涼子さんにこの話題は地雷なんでした。

 ちょっと浮かれちゃってましたああああ。


「みちるは、何か始めてみたのかしら?」

「はい、文芸部に入ってみたんです。そしたらクラスの子がいて友達になりまして、それでクラスでも友達ができまして」

「そう……、そういう切っ掛けもあるのね」


 涼子さんは美人なんですから、何か切っ掛けさえあればお友達なんてすぐに出来ると思うんですけど。

 あ、でも涼子さんの場合、少し距離を置いてお慕いしたくなる感じでしょうか。


 どこか神秘的と言いますか……、だからこそ近寄りがたい印象を与えてるような気がします。

 もっと親近感を感じさせる何かがあれば良さそうなんですけど。


「でも部活動はちょっと無理そうね。残念だけれど、余裕が無いわ」

「うーん、そうですか……」


 確かに、同じ一人暮らしでも涼子さんの場合、掃除だけでも大変そうなお家ですもんね。

 洗濯機も無いっていう話でしたし、家事だけで時間が埋まってしまう感じなんでしょうか。


「最近、幕末剣客浪漫譚を読み始めたところなのよ」

「えっ? あっ、はい」


 えーと? 歴史小説?でしょうか?

 そうですよね。趣味に割く時間も必要ですもんね。

 あ、意外と余裕あったんですね。


 ――っと、今度は由利子さんが興味津々のご様子で。


「ねぇみちる、文芸部ってやっぱり小説とか書くの?」

「あ、はい。ちょっと書いてみたいお話がありまして、それで入ってみたんです」

「どんなのどんなの?」

「よくあるお話しですよ。囚われのお姫様を王子様が助けに来るっていう」


 そう、お姫様を王子様が助けに来て、それで――


「あー、それで助けられたお姫様が王子様と恋に落ちるっていう?」

「あ、違います。助けに来た王子様はお供に騎士様を連れてまして、その2人が恋に落ちるんです」

「え!? お姫様は?」

「お姫様は2人の恋路を見守っているんです」

「お、おう……? よくある話なのかな、それ?」


 あ、あれ……? 言われてみるとあんまり聞かないお話のような気がしてきました……?


「ちなみに、騎士様は女の子なのよね?」

「はい、もちろん」

「王子様も女の子よね?」

「待って由利子、何を言っているの?」

「はい、もちろん女性ですよ」

「待ってみちる、何を言っているの?」


 あ、あれ? 涼子さんが混乱したような顔をしています?

 え、当然のことですよね?


「と、とにかく。確かにあんまり無いお話かも知れないですけど。でもお姫様は傍観者じゃないといけないんです!」

「そ、そうなんだ……?」


 そうなんです。王子様は騎士様とくっつかないといけないんです。

 だって、そのふたりは……、ふふ……、うふふ……。


「じゃあ出来上がったら読ませてよ」

「私も読んでみたいわ」

「あ、はい。あ――だだだだ、ダメです! ダメ! 人には読ませられませんー!」

「えぇ、そんなにダメ?」

「ダメダメダメの、ダメなんですっ! とにかくダメなんですーっ!」



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 い、いけないいけない。危ないところでした。うっかり読んでもらう約束をしてしまうところでした。

 とてもじゃないですけど、読ませるわけにはいきません。おふたりには、絶対に。


 だって、登場人物のモチーフが、私たち3人なんですもん。

 私が魔王に攫われて、由利子さんと涼子さんが助けに来て、なんやかんやあって2人が恋に落ちて。


 ――仕方ないですよね?

 現実でくっついてくれないなら、妄想の中でくっついてもらうしかないじゃないですか。


 そう、仕方ないことなんです。必要なことなんです。

 だって、無理に抑えてるといつか爆発しちゃって大変なことになっちゃいますから。

 だからこうして、定期的に発散するのは大切なことなんです。


 …………。


 そ、そろそろ、キ、キ、キスシーンとか入れちゃっても、いい頃合いでしょうか……。

 そ、それをお姫様が目撃して……、あ、いや、まだ早いですね。


 ここはまだ、お姫様の見てないところで、あくまで事故で、してしまう感じで……。

 ふふ……。うふふ……。



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 て、徹夜、してしまいました……。

 ううう、うっかり筆が乗ってしまって、つい…。


 ああ、でも。気分はとっても、最高です!

 徹夜した後なのに、お肌もいつもよりつやつやしてる感じです。不思議!


 やっぱり、妄想って素晴らしいですね。

 現実には有り得ないようなことでも、妄想の中でなら――


 事故とは言え唇を重ねてしまった2人は、次第により強くお互いを意識するようになってしまい――

 こ、こここ、今度は、今度こそ事故ではなくお互いの意思で、く、唇を重ねて――


 …………ふぅ。


 こうして形にすることで現実と妄想にはっきりとした境界線を引けるようになった気がします。

 ええ。きっともう大丈夫。爆発することは無いはずです。


 でも……、やっぱり現実でも、ちょっと期待しちゃいます。

 でも無理ですよね。あのおふたりですもんね。


 相性はバッチリだと思うんですけど、進展するビジョンが全く見えません。

 由利子さんがもうちょっと積極的なら……、でも涼子さんも涼子さんですもんね。


 うーん、やっぱり無理そうですね。では引き続き、妄想の中で楽しむということで。


 ふふ……。うふふ……。

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