第18話 犠牲者②
次の朝、八時過ぎまでひと仕事をしてから、監督の決めた船員と漁夫だけ四人が下へ降りて行った。お経を前の晩の漁夫に読んでもらってから、四人のほかに、病気のもの三、四人で、麻袋に死体をつめた。麻袋は新しいものは沢山あったが、監督は、すぐ海に投げるものに新しいものを使うなんてぜいたくだ、といってきかなかった。線香はもう船には用意がなかった。
「可哀相なもんだ。——これじゃ本当に死にたくなかったべよ」
なかなか曲らない腕を組合せながら、涙を麻袋の中に落した。
「駄目だ駄目だ、涙をかけると余計につらくなっちまう……」
「何んとかして、函館まで持って帰られないものかな。……こら、顔をみてみろ、カムチャッカの冷たい水さ入りたくねえって言ってるんでないか。——海さ投げられるなんて、頼りねえな……」
「同じ海でもカムチャッカだ。冬になれば——九月過ぎれば、船一隻も居なくなって、凍ってしまう海だで。北の北のはずれの!」
「うっ…、うっ…」——泣いていた。「それによ、こうやって袋に入れるっていうのに、たった六、七人でな。三、四百人もいるのによ!」
「俺たち、死んでからも、碌な目に合わないんだ……」
皆は半日でいいから休みにしてくれるように頼んだが、前の日からの蟹の大漁のために許されなかった。「私事と公事を混同するな」監督にそう言われた。
監督が「糞壺」の天井から顔だけ出して、
「もういいか」ときいた。
仕方がなく彼らは「いい」といった。
「じゃ、運ぶんだ」
「んでも、船長さんがその前に弔詞を読んでくれることになってるんだよ」
「船長オ?弔詞イ?——」嘲けるように、「馬鹿!そんな悠長なことしてれるか」
悠長なことはしていられなかった。蟹が甲板に山積みになって、ゴソゴソ爪で床をならしていた。
そして、遺体をつめた麻袋はどんどんと運び出されて、鮭か鱒の小包のように無雑作に、船尾につけてある発動機船に積み込まれた。
「いいか——?」
「よオ——し……」
発動機がバタバタ動き出した。船尾で水が掻き回されて、あぶくが立った。
「じゃ……」
「じゃ」
「さようなら」
「淋しいけどな——我慢してな」低い声で言っている。
「じゃ、頼んだど!」
本船から、発動機船に乗った者に頼んだ。
「うん、うん、分った」
発動機船は沖の方へ離れて行った。
「じゃ、な!……」
「行ってしまった。」
「麻袋の中で、行くのはイヤだ、イヤだって言っているようでな……眼に見えるようだ」
——漁夫が漁から帰ってきた。そして監督の勝手な処置をきいた。それを聞くと、怒る前に、自分が——屍体になった自分の身体が、底の暗いカムチャッカの海に、そういうように蹴落されでもしたようにゾッとした。
皆はものもいえず、そのままゾロゾロタラップを降りて行った。
「分かった、分かった」口の中でぶつぶつ言いながら、塩ぬれでどっしりと重くなったはんてんを脱いだ。
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