想いをのせて

 茎の先に咲いた白い菊の花。

 陣は一本一本、丁寧に祭壇に飾りつけていく。

 斎場の会食会場の一室を借りて、陣は生花祭壇を作っていた。普段は業者に委託することが多いが、この祭壇だけは自分で作りたかった。

 白い菊の花言葉は、「誠実な心」「慕う」。まさに陣は、慕ってきた。

 部屋の中には他に、父と母がいる。二人は椅子に座って陣が花を飾っていく様子を眺めていた。父は癌の摘出手術の後、無事退院した。今は経過を見ている。

 父と母にはこれまでの経緯を全て説明した。陣には明人という名の兄がいたこと。明人は不治の病により、長く生きられない運命にあったこと。それから特別な存在になり、ずっと陣を見守っていたこと。人々が明人の存在を忘れてしまったこと。そして陣がそのことを思い出し、最後の別れを告げてきたこと。

 父と母は半信半疑といった感じで陣の話を聞いていたが、心のどこかでは違和感を抱えていたらしい。自分たちの息子は陣だけではないような気がする、という。

 陣たちは明人の葬儀を行うことにした。参列者は三人だけの、小さな小さな家族葬だ。

 陣の兄は確かにこの世界に生き、生を全うした。その事実を示すために。

 何時間もかけて、ようやく生花の祭壇を作り上げた。大規模ではない、小さなものだ。それでも丹精を込めて作った。

 最後に祭壇の棚に四つの品を置く。

 火を吐くトカゲモンスターのカード。ゲームのコントローラー。誕生日に陣がもらった腕時計。そして、小次郎を含めた家族五人が写っている家族写真。明人から授かった品々。ガラクタなんかじゃない。兄との思い出が詰まった、大切なもの。

 陣、それに父と母が、祭壇の前に立った。

 棺もない。遺影もない。読経もしない。

 ただ明人のことを想った。安らかに旅立てるよう祈った。あなたのことを決して忘れないと誓った。

 あの自分たちの部屋で明人と会った時、陣は一つ言いそびれてしまったことがあった。とてもとても大事なことなのに。きっと久々の再会で気が動転していたのだろう。


「ありがとう」


 ともに過ごしてくれてありがとう。

 ずっと見守ってくれてありがとう。

 たくさんの思い出を作ってくれてありがとう。

 自分の兄になってくれてありがとう。

 大好きだよ。

 自分もいつか、そっちに行く。

 それが生きとし生けるものの定めだから。

 その時はまた、笑顔で再会したい。

 その時までのんびり見守っていて。

 土産話をたくさん持っていくから。

 一緒に盃を交わそう。

 自分はまだまだ生きる。

 あなたが守ってくれたこの命を大切にして。

 あなたの分まで懸命に。

 ありがとう。

 ありがとう。

 ありがとう。



 空が綺麗だ。

 どこまでも澄んでいる。

 美しい世界。

 届いたよ。

 雲の上まで。

 その言葉。

 その気持ち。

 そういえば俺も一つ言い忘れてた。


「ありがとう」


 守るものがあったから、自分は自分として存在できた。

 お前のことが大好きだったから、ここまでやってこれた。

 お前にもいつかわかる。

 守ることの幸せが。

 お前の子供は、きっとお前に似て泣き虫だろうな。

 一緒になってギャーギャー泣くなよ。


 綺麗な空だ。

 気持ちの良い風。

 温かな光。

 美しい花畑。

 そこには優しい匂いが香っていた。

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