マイホーム3

 蛍の光のような。

 宙に瞬く星々のような。

 淡く小さな明かりが遠くで滲んでいる。

 暗い、けれど光の粒に照らされた宇宙空間のような場所に陣はいた。小さな椅子に座っている。そこには壁も地面もなかった。

 前方の空間に木製のドアがぽっかりと浮いていた。その近くでうっすらと人影が浮かび上がる。蜃気楼のように。その人物はドアに向かって歩いていき、そして消えた。

 陣は椅子から立ち上がった。地面は見えないが、地に足がついている感覚がある。陣は正面のドアに向かって歩いた。ドアを開けて中に入る。

 ドアの向こうも同じような空間が広がっていた。陣が通過すると入ってきたドアは消えてしまった。

 前方に光の粉が舞った。その光が徐々に明確な形を取っていく。立体の映像が浮かび上がった。

 明人と、小さいころの陣がいた。陣は体の前で虫かごを抱えている。虫かごの中には捕まえてきたクワガタがいた。陣は嬉しそうにそのクワガタを明人に見せている。明人は微笑んで陣の頭に手を置き、褒め称えてくれた。そして映像は光の粉となり、消えていった。

 空間に三つのドアが浮かんでいた。左前方、右前方、そして正面。

 うっすらと人影が浮かび上がる。その人物は左のドアに進んでいった。

 陣は迷うことなく、左のドアに進んだ。ドアを開け、次の場所へ。

 再び同じ空間。

 光の粉が舞って映像を映し出していく。

 明人と小さい陣が歩いていた。陣はリードを持っていて、その先に小次郎がいる。小次郎の散歩の場面だ。小次郎の小さい尻尾が常時車のワイパーのようにブンブン振られている。小次郎はすぐに文字通りの道草を食った。そのたびに陣がリードを引っ張るが、なかなか動かない。明人は楽しそうに笑っていた。そして映像は霧散する。

 今度はドアが五つあった。左、左前方、正面、右前方、右。

 陣は光のシルエットが浮かび上がるのを待った。それが兄のものであるとわかっていた。

 明人の後ろ姿が出現する。右前方のドアへ向かっていった。陣もそちらに向かう。

 陣は明人に導かれていた。

 少しずつ、近づいていた。

 次の場所。光の粉が舞う。

 明人と陣はテレビゲームをしていた。キャラクターで攻撃し合って画面の外に吹っ飛ばす対戦ゲームだ。あぐらをかいている明人の足の上で、小次郎が寝息を立てている。小次郎は明人により懐いた。陣はそのことが悔しかった。小次郎が明人を選んだことが悔しかったのか、それとも小次郎に明人を奪われたことが悔しかったのか。今ならわかる。きっと後者だ。ゲームに負けて、陣は拗ねた。だけど本当はゲームに負けたからではなかった。映像が消える。

 ドアの数がさらに増えた。左、左前方上、左前方下、正面、右前方下、右前方上、右。七つのドアが地面も壁もない空間で浮かんでいる。

 明人の後ろ姿が浮かび上がり、右前方下のドアへ向かっていった。陣もそちらに進む。地面は見えないが、ドアに向かって陣の体は緩やかに下っていった。ドアを開け、中に入る。

 次の場所はシンプルだった。初めと同じで、正面にドアが一つあるだけ。

 明人の姿が現れて、ドアに真っ直ぐ進んでいき、消えた。

 陣は落ち着かなくなってきた。まるで好きな女の子への告白を控えた少年のように。心臓がバクバクする。だけどのんびりしていたらあのドアが消えていってしまいそうな気がして、陣は歩き出した。

 ドアノブに手をかけ、開けた。

 光が差し込んでくる。

 ドアの先は、部屋だった。ただの部屋ではない。思い入れのある自分たちの部屋。

 部屋の中央に椅子が置かれ、そこに一人の少年がこちらを向いて座っていた。

「よっ。久しぶりだな、陣」

 陣は胸が張り裂けるかと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る