LEVEL3
マイホーム
ヌチャ。
闇の中に落ちていった陣は、唐突に足の裏から着地した。体がよろけて肩を壁にぶつける。
気を取り直して周囲を観察した。
実家の玄関にいた。後ろにドア、左に靴箱。フローリングに上がって左に収納棚がある。さらに進んで右のドア二つは洗面所とトイレ、左のドアがリビングに繋がっている。真っ直ぐ行けば二階に上がる階段だ。
夜だったはずなのに、家の中は昼間の明るさがあった。窓から光が入り込んでいる。
陣は靴を脱いでフローリングに上がり、短い廊下を進んでリビングのドアを開けた。
ソファとテレビ台がある。少し奥には食卓、右手にキッチン。二部屋続きの奥の部屋は座敷になっている。
誰もいなかった。
奥の座敷に進む。コタツと、大型のテレビ。パソコン。
家族の団らんを過ごした場所。
兄。母と父。小次郎も記憶の中にいた。
今は陣の他に誰もいない。
陣は引き返してリビングを出た。螺旋状になった階段を上り、二階に向かう。
両親の寝室。書斎。そして一番奥が、陣と明人の部屋だ。まるでそこに招こうとしているかのように、ドアが少しだけ開いている。
陣はドアに縁に手をかけ、開けた。
部屋の中に二段ベッドがあった。それは記憶の中の姿だ。漫画本が詰まった本棚に、勉強机。タンス。ゲーム用のテレビ。
そこにも誰もいなかった。
陣は二段ベッドに近づく。上が陣、下が明人の寝床だった。陣が上の階をねだったのだ。
掛け布団が折り畳まれているベッド。明人が寝ていた場所の白い敷布団の上に、シミのようなものを見つけた。インクをこぼしたような跡。
そのシミは赤かった。
突然陣の中で強烈な耳鳴りが鳴り響いた。陣は思わず頭を抱える。
耳鳴りはすぐに治まった。
陣は玄関に立っていた。つい先ほどいた場所。まったく同じ光景。脱いだはずの靴を履いている。陣は再び靴を脱いだ。
リビングに入った。部屋の中を見て回ったが、誰もいない。廊下に出て、洗面所と風呂場、それにトイレも確認した。
二階に上がる。両親の寝室、書斎にも誰もいない。
陣は二段ベッドのある奥の部屋に向かった。また少しだけドアが開いている。
ヌチャ。
部屋の中から妙な音が聴こえた気がして、ドアを開けかけた陣の手が止まった。
耳を澄ましたが、もう何も聴こえない。
ドアを開く。
部屋の中は一見して先ほどと変わったところはなかった。
ベッドに近づく。
布団の上の赤いシミが広がっていた。小石ほどの大きさだったシミが、拳ぐらいの幅になっている。気分が悪くなる赤黒い色だ。
耳鳴りがした。
視界が歪む。
陣は玄関に立っていた。
既に普通ではない空間に入り込んでしまったことは明らかだ。兄はどこだろう?
陣は後ろを向き、玄関のドアの取っ手に手をかけてみた。
開かない。鍵はかかっていないのだが。
陣は
ヌチャ。ヌチャ。ヌチャ。
開いたドアの隙間から音が漏れている。音が止まる気配はなかった。陣はドアを開けて中に入った。
すぐに異常に気づく。
二段ベッドの下の階の天井、上の階の下部から、液体が滴っている。それが一定周期で下の階の布団に落下し、気味の悪い音を立てていた。
赤いシミがより広く深く広がっている。赤いものが滴る天井部分も赤い。
耳鳴りが起き、視界が歪んだ。
陣は玄関にいる。
もうたくさんだ。早くこんなところから出たい。
思い入れのある我が家が、恐怖の館と化していた。
ヌチャ。ヌチャ。ヌチャ。ヌチャ。
陣は目の前の床に赤いものが浮かび上がっていく様を見た。それは人の足跡のように見える。赤い足跡は二階へ向かっていた。
進むしかない。陣は土足のまま玄関から上がった。赤い足跡の通りに進んでいく。
二階の奥の部屋に辿り着いた。ドアを開けて中に入る。
ヌチャ。ヌチャ。
先ほどと同様に二段ベッドの上階から下の階に赤い液体が滴っている。さらに液体が染み込んだのか、ベッド下の床に赤い水溜まりができていた。それだけではない。部屋の壁や家具、そこら中に赤い手形がついていた。
陣は気味の悪さに吐き気を催し、引き返そうと振り返った。
ヌチャヌチャヌチャ。
嫌な音を立てて廊下の壁や天井に次々と赤い手形が出現した。
陣は恐怖に後ずさり、部屋の入り口の縁の部分にかかとを引っかけた。そのまま尻もちをつく。
床についた手に、湿ったものが触れる感触があった。
見ると、それは床に溜まっていた赤い液体だった。
陣の叫びが耳鳴りにかき消される。
陣は玄関に立っていた。
見えるもの全てが赤かった。そして湿っている。
天井から垂れてくる液体が陣にかかった。
陣は反射的に叫びながらリビングに逃げ込んだ。そこも全てに血が染み込んでいるように赤い。
キッチンのシンクの蛇口を捻ると、赤い液体が勢いよく出てきた。陣は赤いものが流れていくシンクに自分の中のものを吐き出した。それから荒い呼吸を繰り返す。口をゆすぎたかったが、これでは無理だ。蛇口に触れた手にはべっとりと赤いものが付着している。
視界は全て赤で埋め尽くられている。早くここから出ないと発狂してしまいそうだ。いや、既に発狂しかけている。
陣はリビングを出て二階への階段を上がっていった。一歩進むごとに、粘着性のある液体が足元で音を立てた。天井からは絶えず赤い水滴が降ってくる。
陣は二階の奥の部屋まで進み、ドアを開けた。
二段ベッドの上階から雨漏りのように下の階に赤いものが大量に流れていた。床に溜まった水溜まりは陣の革靴の高さを越えて靴下にまで染み込んできた。足が血の海に浸かっていく。
そこで陣の意識は途絶えた。
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