ショッピングモール2
静かだったショッピングモール内に、突然の館内放送が流れた。陣は女性の合成音声のような声で名指しで三階のどこどこへ来るよう言われた。その具体的な場所はテレビ番組で放送禁止用語を修正したようなピー音となって示されたのでわからない。この化け物以外何もいないショッピングモールでの館内放送も異常だと思ったし、自分の名前を知られていることも不気味だった。
この館内放送での呼びつけは、罠だろうか? しかし誰が仕掛ける何のための何の罠だというのか。一体自分をどうしたいというのか。
徘徊する化け物が遠くへ行ったことを確認した陣は、ゲームセンターから移動を開始した。外へ出られるショッピングモール入口のドアへ到達する。
その時突然明かりが消えた。
「うわっ!」
ありとあらゆる光が消え、陣は真っ暗闇の只中にいた。
停電?
漆黒の底から何がが這い寄ってくるようで、陣は恐怖を感じ、慌てた。
しかし五秒ほど経過するとすぐに明かりが点いた。
「えっ?」
陣は驚きに目を見開いた。
明かりが灯ったショッピングモールの中に、人々の姿が戻っていた。
朗らかな表情で歩こうとしている家族連れ。椅子に座って休んでいるおばあちゃん。店の商品を整理しようとしている若い女性の店員。
正常な現実に帰ってこられたのだろうか?
しかしおかしなことがある。現れた人々はみな石像のように停止していた。何かをしようとしている体勢のまま、ピクリとも動かない。
陣は入口から脱出することも忘れ、その異様な光景を観察した。
そしてまた全ての明かりが消えた。陣は暗闇に閉じ込められる。
何の音も聴こえない。自身の体が発するもろもろの音を除けば。
先ほどと同じぐらいの間隔で、また明かりが点いた。しかし今度は日の光の下にいるように明るいショッピングモールの明かりではなく、不気味で薄暗い紫の照明だった。
「うわああ!」
陣はみっともない悲鳴を上げた。
紫に照らされる館内。先ほど見えた人々がみな、全身骸骨に変わっていた。突然のお化け屋敷仕様。骸骨たちは停止したまま動かない。
再び明かりが消えた。
ドクドクと鼓動が脈打っている。
紫の照明が点灯する。
「うわああああ!!」
元はおばあちゃんだった椅子に座っていた骸骨が、暗闇の間に立ち上がって陣のほうへ数歩近づいていた。歩く体勢のまま止まっている。
辺りを見回すと、他の骸骨たちもそれぞれ陣のほうへ向かってきていた。
暗転。
何の音もない。
陣の体はガタガタと震えていた。
点灯。
「うわああああああ!!」
すぐ目の前に骸骨の顔があった。
陣は骸骨の顔から目を離せずに絶叫しながら後ろ手で入口のドアを開けようとした。しかしガタガタ鳴るだけでドアはまったく開く気配がない。
暗転。
陣は暗闇の中意を決して骸骨の横を通り駆け出した。
点灯。
「うわあああ!」
すぐ近くに他の骸骨がいた。明かりが点いている時は停止したままだが、大勢の骸骨たちが徐々に陣に迫ってきている。
ピーンポーンパーンポーン。
『涼風陣様、涼風陣様、至急三階の■■■■■■までお越しください』
ピーポーパーポーン。
暗転。
この間に骸骨たちは音もなく動いている。陣も骸骨に捕まらないように動いた。
点灯。
「うわあああ!」
近くに骸骨がいる。
骸骨たちが暗闇の中どれだけ近づいているかわからないので、明かりが点いた瞬間毎回驚いてしまう。もはやいつ腰が抜けてもおかしくない。
陣は二階に上がる階段を見つけ、駆け上がった。
暗転。
陣は手摺りに捕まり、暗闇の中でも一段一段慎重に上っていく。
点灯。
「うわあああ!」
陣のすぐ上段に骸骨がいた。さらに他にも数体の骸骨が階段を下りてきている。
止まったら捕まる。陣は骸骨たちの横を通り階段を一気に駆け上がった。二階に到達する。
ピーンポーンパーンポーン。
『涼風陣様、涼風陣様、至■三階の■■■■■■までお越し■ださい』
ピーポーパーポーン。
暗転。
三階のどこだっていうんだ。本当にそこに向かうべきなのか?
点灯。
少し冷静になり、ようやく悲鳴を上げないで済むようになった。
三階への階段は陣のほうへ向かって下りてくる骸骨たちによって行く手を塞がれていた。他の階段を探さなければならない。エレベーターもあると思うが、そんなものに入ったらきっと一巻の終わりだろう。エスカレーターも駅の時のトラウマがあるので乗りたくない。
陣は左右に店が並ぶ二階の通路をひた走った。
暗転。
突然方向感覚を失い、陣はつんのめって転んだ。くそっ、と吐き捨て、体を起こそうとする。
点灯。
「うわあああああ!!」
すぐ目の前に陣に覆い被さろうとしている骸骨がいた。陣は床に尻をついた体勢のまま足と手を使って後退した。
ピーンポーンパーンポーン。
『涼■陣様、涼■陣様、至■■階の■■■■■■まで■越し■ださい』
ピーポーパーポーン。
恐怖の連続に陣は吐き気を催した。しかしそれでも歯を食いしばって立ち上がる。
自分をそこまで駆り立てるものは一体何だろうか?
暗転。
陣は骸骨の少ないスペースに向かって動いた。
点灯。
明かりが点いているうちに骸骨たちの居場所を確認し、暗くなることも想定して移動する。
暗転。
暗転と点灯は一定周期だ。骸骨たちもそれほど長い距離は動かない。ただ数が多かった。ショッピングモールに元からいた人の数だけいるのではないか。
点灯。
三階に上がる階段を見つけた。一度様子を見て、次のチャンスで上がっていこう。
暗転。
陣は深呼吸をして体を整える。
点灯。
陣に引きつけられた骸骨たちの多くは二階にいた。陣は階段を駆け上がっていく。
ピーンポーンパーンポーン。
『涼■陣■、涼■陣■、至■■階■■■■■■■まで■越■■だ■い』
ピーポーパーポーン。
館内放送はピー音だらけでもはや何を言っているのかわからなかった。しかもいつの間にか女性の合成音声ではなく、ボイスチェンジャーを使ったような野太い男の声に変わっている。
陣は三階に辿り着いた。
暗転。
ここからどうすればいいのだろう? もう骸骨たちとのだるまさんがころんだなんてこりごりだ。
点灯。
陣を追って下の階から骸骨たちが上がってきている。
近くにフードコートがあった。おそらくそこは人が多いので、骸骨たちも多そうだ。
しかしなぜか、陣の足はフードコートに向かった。そちらに行くべきだという気がしたのだ。
暗転。
陣はゆっくりと呼吸を整える。
点灯。
ピーンポーンパーンポーン。
『■■■■、■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』
ピーポーパーポーン。
陣はフードコートに入った。思った通り、骸骨たちがたくさんいる。骸骨たちはまるで食事を楽しむような体勢で停止している。
暗転、しなかった。タイミングがきても。
照明も薄暗い紫ではなく、明るい通常のものに戻っていた。
陣の視界に二人の人間の姿が浮かび上がった。小さなテーブルを挟んで向かい合って座る、二人の少年。二人は静止画ではなく動いていた。
小さい少年が、嬉しそうにハンバーガーを頬張っている。
大きい少年は頬杖をつき、ハンバーガーを頬張る小さい少年の様子を微笑みながら眺めていた。
二人の少年の横顔が見えた。
小さい少年は、幼いころの陣だった。
もう一人の少年は……。
ジ――ジ――ジジジ。
電波が乱れエラーしたかのように視界が歪んだ。
目の前に化け物がいた。紅い宝石のような無数の瞳が陣を見据えている。
化け物が陣に向かって節くれだった黒い手を伸ばした。
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