アミューズメントパーク3

 杖を突いて歩く腰の曲がったおじいちゃんが横断歩道を渡る時ぐらいのスピードで進むトロッコに乗っている陣は、巨大な烏賊イカのような化け物が肢体を動かしドカドカと音を立てて近づいてくる姿を見た。

 考えるよりも先に体が動いた。陣はトロッコの縁に手を置き、化け物のいる反対側へ勢いよく飛び降りた。

 一瞬遅れてドン、バキバキメキと木材が砕ける音がした。化け物がその巨体で飛び上がり、トロッコにのしかかったのだ。威力85。命中100。

 化け物が起こした衝撃により、通路の左右に並んでいる棺桶からバタバタと目のくり抜かれた着ぐるみたちが倒れていった。マネキンのように。

 青白い間接照明に照らされる通路を陣はひた走る。道を塞ぐように倒れてくる着ぐるみたちが邪魔だった。

 おい、踏むな! 蹴飛ばすんじゃない! め、目があ! うわあああああっほーい! 逃げろ逃げろ急いで逃げろ。冗談は休み休み家。イエーイ! あいつが来るぞ。怒ってるぞ。心臓を守り抜け! バビューン!

 陣は道を塞ぐ着ぐるみの山を踏みつけ、足をもつれさせながら、必死に化け物から逃げた。後ろを振り向く余裕もない。

 痛い痛い遺体板ーい! みかん食べたい。オレたちだってな、苦労してるんだぞ。顎が! 顎が閉まらない! 踏むな、抱きしめろ。ポッッッッッキィィィィィィ。

 陣は着ぐるみの屍の山を進んでいくうちに、自分の意識が少しずつ遠のいていく感じがした。頭がぼーっとしてくる。化け物から逃げなければいけないのに。

 目の前の着ぐるみたちが膨張していった。文字通り山になっていく。着ぐるみはさらに増え続け、陣はその中に飲み込まれていった。全方向から体が圧迫されていく。

 陣は右手で、を掴んだ。



□ □ □



「陣、もう一回だ」

 陣は実家の居間でテレビゲームをしていた。対戦型のアクションゲームだ。

 これで最後の一回のはずだった。しかしその勝負で陣が勝つと、その人はもう一回やると言った。最後は自分が勝って終わりにしたいのだ。

「ご飯よー」

 台所から母の声が聞こえる。ゲームを終わりにして、テーブルを拭かなければ。

 次の勝負で、陣は負けた。その人は満足げだった。

 大きな背中だった。陣はいつもその背中を見ていた。



□ □ □



 楽しげな音楽が鳴り響き、周囲の人間が飛び跳ねながら踊っている。賑やかで、楽しい雰囲気。

 意識が少しずつ覚醒していく。夢から覚めるように。

 陣は現実のアミューズメントパークに戻っていた。観客巻き込み型ダンスイベントの只中にいる。

 右手に何か握っていた。見ると、それはゲーム機のコントローラーだった。左の十字キーに右のボタンだけでなく、真ん中にスティックがついている。当時は画期的だった型のコントローラーだ。ゲーム機本体に繋げるコードの部分が切れて無くなっている。

 どうしてこんなものを持っているのか。

 奇妙で薄気味悪いあの空間は何だったのだろう?

「あの」

 声がして、陣はそちらを向いた。

 杏子が陣のほうを向いて立っていた。大丈夫、首は長くなっていない。

「私たち、一緒にここに来たんですよね」

「え、ああ。そのはずだ。ずっと一緒にいただろ」

「すみませんが、あなたのお名前は?」

「えっ?」

 陣は戸惑いながら杏子を見た。彼女はいつもの真顔だ。冗談なのか本気で訊いたのかわからない。

「陣。涼風陣」

「あっ、そうでした。陣さんでしたね」

 杏子はほっとしたように言った。

 どうしたのだろう? 急に名前をド忘れしたのか? 特防が二段階上がった。

「あのさ」

 陣は杏子に話しかける。

「俺今、ずっとここにいた?」

「あなたはずっと私の心の中にいます」

「あ、いや、そういうんじゃなくって」

「……」

「ああうん、面白かったよ。それでさ」

「何ですか?」

「ああ、いや、いいよ。なんでもない」

 集まった観客の輪の中で、ネズミのキャラクターの着ぐるみが踊っていた。その着ぐるみにはちゃんと目がついていた。顔が抉られてその中にミニチュアあったりしていない。



 日が暮れるまでテーマパークで遊んで、陣たちは帰った。一応夜どこか食べに行こうかと誘ったけれど、杏子は遠慮した。一日歩き回って疲れているようだったし、彼女は途中からどこか素っ気ない感じがあった。壁を感じるというか。気のせいかもしれないが。それと陣は陣で、一人で考えなければならないことがあった。

 最寄り駅に到着し、オンボロアパートの自宅までの道のりを歩く。

 戦利品がまた一つ増えた。今度はゲームのコントローラーだ。

 一体何が起こっているのだろう?

 アパートに着き、階段を上がった。

 二階の自宅前の廊下を歩いていると、そいつを見つけた。陣が住んでいる部屋の前で静かに佇んでいる。

 それはブタだった。

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