アミューズメントパーク2

 陣はパーク入口のゲートの前で立ち尽くした。

 出口が塞がれていた。というより、まるで世界にこのアミューズメントパークしか存在しないみたいに、周囲は海で覆われていた。

 さあこっちへおいで。

 引き返すしかない。静まり返った不気味な園内へと。

 脱出の仕方がわからない。そもそもここは現実なのか、脳が作り出している精神世界のようなものなのか。実感としては現実に近い。意識はしっかりとあるし、自由に体も動かせる。自分の意思で行動することができる。しかし大勢いたはずの人間が一瞬にして消え失せるなんて、やはり現実とは思えない。

 まさか、自分が現実だと思って過ごしていた日々こそが夢だったり。自分は人類最後の生き残り。

 いや、考え過ぎだ。現実は映画ではない。

 とにかくここでただ突っ立っていても帰れる見込みはない。動いて、手段を探ろう。

 陣は再び巨大な髑髏どくろの噴水広場を通り、パークの中へ戻った。

 ウフフフ。

 なんだか先ほどより池の上に浮かんでいる目のくり抜かれた着ぐるみの数が増えている気がした。そちらには近づきたくない。水の中から手が飛び出して自分も引きずり込まれそうな気がする。水死体になるなんて御免だ。水死体は臭いが酷いから。死ぬならできるだけ綺麗な状態で棺桶に収まりたい。そんなことを考えるのは職業柄だろうか?

 夕暮れの光に照らされる園内。影になっている場所はかなり薄暗い。照明が点いていないようだ。

 そんな中、煌々と明かりを放っている建物があった。虫が街灯に引き寄せられるようにして、陣はそちらに近づいていった。

 その建物は巨大化された祭壇のようだった。陣にとって馴染み深いもの。葬儀の時式場の奥に設置する祭壇。豪華な日本家屋のような。白い花が飾られ、灯籠が光を放っている。中央にぽっかりと開いた入口らしきものがあった。

 このパークにこんな建物はなかったはずだ。見るからに怪しい。かといって、他に行く宛てもない。

 ここここここここ。

 陣はこの奇妙なリミナルスペースに長居はしたくなかった。なんでもいいから早く手がかりを掴んで、元の世界へ帰りたい。あっちでは杏子が首を長くして待っているだろう。

「うっ」

 杏子が首の長いろくろっ首になっている姿をつい想像してしまい、陣は恐怖を覚えた。彼女ならなんとなくあり得そうだから。余計なことを考えるべきじゃなかった。この場にいないのに恐怖を与えてくるなんて、なんて強者だ。

 陣はその大きな祭壇のような造りの建物に足を踏み入れた。

 ジッコンバッタン。ジッコンバッタン。

 中は明かりが点いていた。何の変哲もない通路だ。少し先に、何かある。トロッコのようだった。四角い箱のような乗り物。中に大人四人が座れるぐらいの大きさがある。トロッコはレールの上に乗っていて、レールは通路の奥へと続いている。奥には明かりがなく、暗くて何も見えない。これは何かのアトラクションのつもりだろうか?

 歩いて奥の通路へ向かった場合、何かの拍子にトロッコが動き出して轢き殺される可能性がある。陣はもし死ぬのならちゃんと五体が繋がった状態のまま死にたいと思っている。そんなことを考えるのは職業柄だろうか? それと暗がりの中を自分の足で歩いて進みたくない。トロッコが自動で進んでいってくれるなら、それに越したことはない。何か怖いものが出たとしても、目を瞑っていればいいのだ。

 陣は心を決めて、トロッコに乗り込んだ。中は座席のような形になっていて、座ることができた。まるで本当にアトラクションのようだ。シートベルトらしきものが見当たらないが、大丈夫だろうか?

 陣はあまり期待していなかったが、陣が座って十秒ほど経つと、トロッコが本当に勝手に動き出した。スピードはとてもゆっくりだ。杖を突いて歩く腰の曲がったおじいちゃんが横断歩道を渡る時のスピードと同じぐらい。あまりの遅さに焦らされるが、高速道路を行く自動車のスピードで進んでいくよりはましだ。トロッコは暗闇の中に突入する。

 暗い通路の先に、青白い淡い光が見えた。間接照明の光だ。道の左右に並んでいる何かが見える。

 棺桶だった。

 棺桶が左右の壁に立てかけられている。縦になっている状態。

 棺桶は蓋が開いていて、中に目がくり抜かれているキャラクターの着ぐるみがいた。

 棺桶は通路の先のほうまでびっしりと左右に無数に並んでいる。陣が乗るトロッコは目の無いキャラクターの屍たちの間を進んでいく。気味が悪かった。人の死体は見慣れているはずだが、それとはまた違う怖さがある。

 トロッコの進むスピードが遅いので、屍たちのあるはずのない視線を嫌でも感じてしまう。

 陣は無数のキャラクターたち――よく来たね――の視線を浴びがなら――ぼくたちとあそぼう――前を向い――一緒に一緒に――てじっと――ハハハハ歯歯歯――恐――キャッチボールはどう――怖に耐え――体を千切って投げ合おう――ていた――昔よく二人でやっただろう――今にも――それともサッカー――左右に並――誰の首を取ってボールにする――んだ着ぐ――ギャアアアアアアアア――るみたちが動――笑顔でピース――き出すんじゃ――2776990755690――ないかと――四四四死死死死死――怯え――口ロ口ロ口ロ口ロ――ていた。

 その時、不気味な静寂を破る激しい音が背後で鳴った。

 陣は驚きでビクッと体を硬直させ、すぐに後ろを向いた。

 通路の天井が突き破られ、黒い塊が床に着地していた。

 巨大な蜘蛛のような、烏賊イカのような。

 骨だけのような細長い手足。顔らしき部分の輪郭は三角に近く、無数の瞳のようなものが妖しい赤い光を放っている。

 あの駅の空間でも見た、化け物だ。

 キシキシ。

 化け物がその赤い瞳で陣を見つけ、標的と見なし、追ってきた。

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