LEVEL1

アミューズメントパーク

 クスクスクスクス。

 陣は足の裏から着地し、バランスを崩し横によろけて肩を地面に打った。

「いてっ」

 起き上がり、汚れを払う。

「なんなんだよ、もう」

 ウフフ。ウフフフフ。

 陣は周りを見た。確かパーク内でみんなで楽しく踊っていたはずだった。

 場所は変わっていない。

 だが誰もいない。

 いなくなっている。

 ウフフ。

 それだけではない。

 昼のランチ時であったはずなのに、空が赤みがかった夕暮れとなっていた。

 まるで血のような深紅。

 ポチャッ。ポチャッ。

 陣は人の消え失せたアミューズメントパークを見渡す。そこまでの驚きはなかった。

 リミナルスペース。

 自分は一度経験していた。あの駅で。

 今回もまた、妙な空間に迷い込んでしまったのだろうか?

 なぜだ? なぜこんなことが起こる?

 音楽が流れ、ポップコーンの香りがし、談笑しながら歩く人々、楽しい楽しい夢のひととき。そのはずだった園内の雰囲気が、今はただ無言で寂しげに佇んでいるだけ。

 自分はそこで独りきりだ。

「杏子」

 陣は一緒に来ていた同僚の名前を呼んだ。もちろん反応はない。どこにも人がいないのだから。

 ヒトリヒトリヒトリ。

 期待はしていなかったが、陣は念のためスマートフォンを取り出してみた。誰かに連絡をというより、この空間が存在したという証拠を写真か何かで残しておきたかった。しかしスマートフォンの画面は当然のように暗黒に満ちていた。

 おいでよ。こっちへおいでよ。

 陣はもう一度辺りをよく観察する。水を一つの大きなコンセプトに置いているこのパークは、園内の中央に人工的に造られた池がある。そしてやや奥側に、火山を模した巨大な建造物がある。それがここのシンボルマークと言えるだろう。

 血のような夕焼けを照らす池の水面を眺めていると、何か動いているものを発見した。陣は池のほうへ近づいてみることにした。

 水面に浮かび、揺れている。

 犬のキャラクターの着ぐるみだった。仰向けの状態で池に浮かんでいる。

 目の部分がくり抜かれたように空洞になっていた。そこへ血の色の水が流れ込んでいる。波に煽られプカプカと浮かんでいた。

 水死体のように。

 よく見ると、池の上には他にも複数の着ぐるみが浮いていた。

 陣は怖くなり、池に背を向けて遠ざかった。

 後ろにいるよ。

 動悸が激しくなっている。早くここから脱出したほうがいい。

 陣はパークの入り口のゲートへ向かうことにした。

 ランランララン。

 西洋の国へやってきたかのような煌びやかな建物群。ワクワクと驚きを与えてくれるはずの景観が、不気味に静まり返っている。人がいないとこんなにも静かなのか。

 陣は建物の角を曲がった。

 前方に人が立っていた。陣は驚いて立ち止まる。

 誰か人に会いたかったが、いざこの不気味な場所で人に会うと、恐怖を覚えた。

 その人物は陣に背中を向け、向こうを向いて立っている。

 よくよく見ると、それは人ではない。大きな黒くて丸い耳が二つついている、ネズミのキャラクターの着ぐるみだ。

 着ぐるみはピクリとも動かない。中に人が入っているのだろうか?

「もしもーし」

 陣は遠目から声をかける。反応はない。

「お前の母ちゃん出~べそ」

 反応はない。ただの屍のように。

 後から急に動き出しても怖いので、陣は立っている着ぐるみの状態を確かめることにした。恐るおそる近づいていく。

 着ぐるみは気をつけの体勢で立ち尽くしたまま。

 陣は回り込んで、着ぐるみの顔を前から見た。

「ひっ!」

 顔が抉れていた。スプーンを入れられたオムライスのように。

 まったく原形を留めていない抉れた顔の部分に、なぜかミニチュアが置かれていた。ドールハウスの中で、目の飛び出している人形が包丁でクマのぬいるぐみを切り刻んでいる。キャクラターの顔の中で、人形がぬいぐるみを切っていた。

 一枚。二枚。サンマイ。

 コンセプトはわからないがとにかくひたすらに気味が悪く、陣はすぐにその場から離れることにした。少なくとも生きた人間はそこにいなかった。

 少し進んでから、陣は一度後ろを振り返った。

 顔の抉れた着ぐるみは動いて追ってきたりはしなかった。

 逃がが逃がが逃がが逃がさないよ。

 陣は人のいない血の色に染まった園内のゲートの近くまでやってきた。大きな地球儀のあった噴水広場だ。

 地球儀は巨大な髑髏どくろになっていた。目や鼻や口の隙間から水が吹き出している。よく見ると、何か小さな黒い物体もたくさん一緒に吹き出ている。陣は確認するつもりはなかった。急ぎ足で噴水の横を通り過ぎる。

 パーク入口のゲートへ辿り着いた。

 そして陣は愕然とした。

 ゲートの向こう側に、陸地が存在しなかったのだ。

 地平線の端まで、血の夕暮れに染まった海が広がっていた。

 さあ、一緒に遊ぼうよ。

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