3-37.スパイスティーをいただきます

「お嬢様、これをお飲みください」


 カルティが熱々のマグカップをあたしに差しだす。


(まさか、またまじゅいおくちゅり!)


 戦々恐々とするあたしの様子に、ライース兄様は苦笑を浮かべた。


 ライース兄様はカルティからマグカップを受け取ると、それに向かってフーフーと息を吹きかける。


「レーシア、これはただのスパイスティーだ。少しだけ……薬酒も入っているが、冷え切った身体を温めるのにはこれがいい。飲みなさい。飲めないのなら、おれが飲ませてあげようか?」

「の、の、のみますぅ!」


 ライース兄様が、どんな手段を使ってあたしにスパイスティーを飲ませようと思っているのかは……深く考えるのはよそう。


 それよりも……。


 久々の酒だ!

 アルコールだ!

 酒の上に『薬』がついているのが、ちょっとだけ気になるけど『酒』だ!


 熱いから気をつけるんだぞ、というライース兄様の忠告を聞き流しながら、あたしはぐびぐびとスパイスティーを飲み干した。


(うっす!)


 薄い! 薄い!

 アルコール分はどこだ?

 まじゅくはないけど、美味しくもない!

 煮詰めすぎて蒸発したんじゃないかっていうくらい、ただのスパイシーな飲み物だった。


 やっぱり、この世界の飲食物は、必要以上に味が濃い。


 スパイスというパンチだけが効いた温かい飲み物は、冷え切ったあたしの身体を内側から温めてくれた。


 世界はまだ暗い。

 真夜中を過ぎたが、夜が明けるにはまだ時間がある。

 泉に落ちてから、それほど時間はたっていないようだ。

 あたしはすぐに助けだされ、意識を取り戻したらしい。


 今回は溺れたときに、頭を石にぶつけなかったからだろうか。

 それとも二回目で、水没耐性ができたとか?


 目の前では焚き火が、ものすごい勢いで燃えている。

 キャンプファイヤー並の炎にあぶられて、頬が熱い。


 あたしは空になったマグカップをカルティに返すと、彼は安堵の表情を浮かべながら受け取った。


 カルティは忙しそうに泉の周囲をウロウロしている。


 薪を集めたり、焚き火の調節をしたり、馬の様子をみたり、荷物を漁ったりと、薄暗い中を目まぐるしく動き回っていた。

 まだ幼いのにとても働き者だ。

 

 あたしはライース兄様に背後から抱きかかえられるようにして、焚き火の前に座っていた。


 なんだか、カルティだけを働かせているようで申し訳ない。


 焚き火の近くの木の枝には、濡れた服がかけられていた。

 あたしの服と、ライース兄様の服だ。

 外套、上衣、下衣からはじまって、靴下や靴まで干されていた。

 

 泉に落ちて、あたしを助けにライース兄様もすぐさま泉に飛び込んだのだから、あたしたちの服は水に濡れてしまったのだ。


 濡れた身体はタオルで拭かれ、あたしは……。


 そこで、枝にぶら下がっている白い薄衣に目がいく。

 あたしとライース兄様の下着だ。

 当然ながら下着も濡れてしまい、乾かされている最中だ。


 下着……?


(ええええっ!)


 な、なんということでしょう!


 あたしとライース兄様は素っ裸です。


 びっくり仰天な状況に、あたしは言葉もなく硬直してしまう。


 親密度がドッカ――ン、と、アップするラブラブイベントが発生しちゃったよ!

 やばい!

 あたし、ピンチです!


 さっき摂取したアルコール分が作用してきたのか、頬が熱くて、全身がカッカしてきた。


 火を吹きそうなくらい熱い。


 冷静になろう。

 とにかく、まずは、落ち着こう。

 状況把握だ。


 なにも着ていないあたしは、カルティの外套にくるまれ、さらにその上からふたり分の毛布で厳重に包まれ、素っ裸なライース兄様に抱っこされ、ライース兄様も毛布にくるまっていた。


 毛布バンザイだ。

 着替えまでは用意していなかったようだ。

 そうだよね。

 こんな場面で水没事故が発生するなんて、誰も思ってもいなかっただろうからね。

 いや、よく毛布を用意していたと思うよ。

 これがなかったら、あたしとライース兄様は……考えるのはやめよう。


 そういえば、カルティは外套を着ていたはずだけど、着ていない。あたしが使ってしまったからだ。


 ごめんカルティ。

 秋の夜は冷えるから、寒くないだろうか。

 あたしは、ポッカポカなんだけどね。


(ひ、人肌で温めるとかじゃなくてよかった……)


 こういう水濡れ、もしくは、雪山遭難イベントといえば、肌と肌で温めあうのがお約束ではなかったのか?


 残念だ。


 とても残念で遺憾だ。


 なぜ、泉に落ちたのは、カルティではなく、あたしだったんだ――!




**********

ごぶさたしておりました。

連載ボチボチ再会します。


今まで放置でごめんなさい。

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