3-38.がんばるカルティ★

 この理不尽な状況にひとり悶々としていると、カルティがあたしたちの方にやってきた。


「若様、青いバーニラーヌの花は、これくらいでよろしいでしょうか?」


 カルティが持っていた麻袋を差しだすと、中には青い花の植物が十数本入っていた。


 そ、そうだった。

 ドキドキイベントですっかり吹っ飛んでしまったけど、あたしたちは青い『バーニラーヌ』の花を探しに来たんだった。


 あたしは青い『バーニラーヌ』をぶちっと引き抜いたが、カルティは土ごと採取したようだ。

 働き者のうえ、仕事が丁寧だ。

 土の匂いに混じって、とても甘い香りがする。


 というか、ついにカルティは青い『バーニラーヌ』の存在を認めたようだ。


「そうだな。とりあえず、これだけ持ち帰ってみよう。根こそぎ採取などはしていないよな? 青い『バーニラーヌ』の株はまだ残っているよな?」

「はい。若様のご指示どおり、残しております。咲き終わったものもありましたが、蕾状態の株もまだありました」


 蕾の花もあるということは、最低でも青い『バーニラーヌ』の花は、数日間は採取可能ということか。


「カルティは屋敷に戻って、青い『バーニラーヌ』の花をデイラル先生に渡してくれ」

「わかりました」

「おれとレーシアは……服が乾いたら……戻る」


 あの微妙な間は、「この状態で服は乾くのだろうか」と思ったんだろうね。

 あたしも思ったよ。


 しかし、ライース兄様、カルティができる子だからって、まだ八歳の男の子になかなか過酷な命令をだすよね。

 この夜道をひとりで屋敷に戻れって……。

 目印があるから、迷わず戻れるとでも思っているのだろうか。


 そして、カルティもカルティで、なんの疑問も持たずに頷いているよ。

 このふたり、やっぱり、只者じゃない。


「……戻ってきましょうか?」


 声にはだされなかったが、頭には「着替えの服を持って」とあったにちがいない。

 カルティは屋敷に戻って、さらにここに戻ってくるつもりらしい。

 いやいや。

 八歳男児のするお仕事じゃないよ。


「いや。ゲインズに事情を説明して、別の者を迎えによこしてくれ」


 よかった、ライース兄様もそこまで鬼じゃなかったよ。

 爺やに任せておけば大丈夫だろう。


「カルティはレーシアの部屋のゴミ箱から、デルディアモンドを速やかに回収してくれ」

「わかりました!」


 あ、デルディアモンドか。

 忘れてた。

 たしか、一粒が、爺やの三か月分の給料だったよね。


 カルティは真剣な表情で頷くと、屋敷に戻る準備を始めた。


 ここに残るあたしとライース兄様が困らないように、薪もさらに集め、必要な荷物もここに置いていく。


「若様、お嬢様。それでは、お先に失礼します」


 自分が着ていた外套をまとい、支度を終えたカルティがあたしたちに一礼する。


「気をつけるんだぞ」

「はい。若様もお気をつけて。獣避けの香を焚いてはいますが、絶対ではありませんから」

「わかっている」


 心配しているカルティを安心させるかのように、ライース兄様は側に置いている剣に手を伸ばす。


「カルティ……まっくらな道です。きをつけてください。ぶじにもどって、青い『バーニラーヌ』の花を、デイラル先生にわたしてください」

「お嬢様、お任せください」


 カルティはセンチュリーに跨ると、もときた道を戻りはじめた。

 目印の光る布が見えているのか、カルティの背中に迷いはなかった。


 荷物が減って身軽になったセンチュリーは、疲れなど全く見せずにずんずんと進み、あっという間に森の奥へと消えていった。




 静かだ。

 白いバーニラーヌの花畑を眺めながら、あたしはカルティの無事を祈る。


「大丈夫だよ。カルティは幼いが、責任感のあるしっかりした子だ。お祖母様を助けたいという気持ちはもしかしたら、おれたち以上に強いかもしれない」

「はい。そうですね」


 離れて暮らしていたあたしやライース兄様よりも、カルティの方がお祖母様といた時間は長いだろう。


 それに、あたしは、ゲームの内容を知っている。

 どれだけカルティがお祖母様を慕っていたか。


 ライース兄様が、ぎゅっとあたしを抱きしめる。


「大丈夫だ。きっと大丈夫だ。レーシアが、がんばって見つけた花は、お祖母様の病気を治してくれる。デイラル先生を信じよう」

「はい。デイラル先生はすごいお医者さまです」


 あたしの言葉に、ライース兄様の抱きしめ攻撃がさらに激しくなる。

 ライース兄様も心配なのだろう。

 

 ゲームの設定どおりなら、青い『バーニラーヌ』の花で氷結晶病は治るだろう。


 それとも、ゲームのシナリオどおりに、お祖母様は死んでしまうのだろうか。

 あたしみたいに死亡イベントを回避することができるのだろうか。


 わからない。

 心臓の鼓動が激しくなる。


「お祖母様は大丈夫だから、レーシアは眠りなさい」


 ライース兄様の優しい声が耳元で聞こえた。

 その言葉に安心したのか、六歳児の体力限界に到達したのか、あたしの意識はゆっくりと沈んでいった。




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