3-10.ライース兄様の指示

 ライース兄様はあたしを軽々と抱き上げると、屋敷の方に向かって早足で歩きだした。

 顔色の悪い爺やとカルティが、ライース兄様に追従する。


「父上には知らせたのか?」


 急ぎ足で小道を歩きながら、険しい表情のライース兄様が爺やに質問する。

 目がマジなライース兄様がものすごくカッコいいです。


「まだでございます。ライース坊ちゃまのご判断を仰ぎたく……」

「父上にお知らせするタイミングはおれが判断する。ゲインズは、デイラル先生への迎えの馬車を手配しろ。馬はカスロンとディドを使え。それから、ローマンたちのことも頼む」

「承知いたしました」


 爺やはティーポットを持ったまま、優雅に一礼すると、厩の方へと早足で立ち去った。


 ご高齢だというのに、爺やはびっくりするくらい足が速かった。疲れてもいない。

 さすが、半世紀以上、アドルミデーラ家に仕えつづけた使用人だ。今のあたしよりも足が速い。


 ちなみに、カスロンとディドは、別荘地で所有している馬の中でも、抜きんでたパワーと足の速さを兼ね備えた馬車用の馬だ。


 ローマンと比べると、全体的にがっしり、どっしりとしていて、いかにも力仕事向けの馬だった。


 馬車を引くうえでは、この二頭の組み合わせが最も速いらしいのだが、それは緊急を要するときだけ。

 通常はそれぞれ別の馬と組んで、交代で馬車を引いている。

 別荘にまで予備の馬、二軍を用意できるなんて、やっぱりアドルミデーラ家ってお金持ちなんだな、とあたしは感心してしまった。


 カスロンとディドの組み合わせを指定したということは、それだけライース兄様は焦っているのだろう。


 爺やがライース兄様の指示に素直に従ったのも、お祖母様の容体がひっ迫しているということだ。


 六歳児のあたしが知らないところで、ライース兄様とデイラル先生との間では、こういうときの場合を想定してのやりとりがあってもおかしくない。


「カルティ!」

「は、はい!」


 ライース兄様の指示はまだ続いた。

 前方を睨んだまま、今度はカルティに命令する。


「一刻を争う。カルティはこのままデイラル先生のところに向かえ」

「はい」

「先生への連絡はこちらから入れておく。カルティは先生の準備を手伝って、馬車が到着したら、すぐに出立できるようにしておけ」

「わかりました」


 カルティは軽く一礼すると、センチュリーに飛び乗り、あっという間に見えなくなってしまった。


 ライース兄様は前だけを向いている。


「ライース兄様。ミリガンとローマンはどうするのですか?」


 使用人が利用している抜け道を使って屋敷へ向かおうとするライース兄様に、あたしが質問する。


 爺やは一直線で厩に行ってしまったし、馬車の準備でしばらく慌ただしいだろう。

 その間、ミリガンとローマンは放置状態になってしまうのでは?


 木に繋いでいる様子もないし、あの二頭をそのままにしておいてよいのだろうか。

 逃げ出したりとか、盗まれたりとか……大丈夫なのだろうか。


 お祖母様の様子も心配だけど、ミリガンとローマンも心配だ。

 他のことに気をとられているあたしって、薄情なやつ……というか、前世の記憶がちょびっとだけあるぶん、どうしてもこの世界に実感がもてないのかもしれない。


 あたしの質問に、険しかったライース兄様の表情がふっとゆるむ。


 まじゅい。

 油断した。

 あたしは慌てて鼻に手をやる。


 いやいやいや……。

 これって反則でしょ。

 こん緊急事態なときに、そんな悩殺表情で、女性ユーザーのハートを射止めにかかってこないで欲しいです。


「……いざというときには、厩に戻るように訓練しているから心配ない。それに、馬車の準備が終われば、厩番が連れ戻しに来るだろう」


 驚いた。


 な、なんて、賢い馬たちなんだ。

 アドルミデーラ家の馬がすごいのか、なんちゃってファンタジーだからそういう設定なのか、それとも、馬という生き物はもともとそういう本能があるのか……よくはわからないけど、とにかくすごい。




***********

お読みいただきありがとうございます。

久々の更新となりました。


ということで、なりふりかまわず宣伝を。


〈新作です!〉

異世界オークションへようこそ〜優秀なオークションスタッフたちは数々の難題と災難に立ち向かう〜

https://kakuyomu.jp/works/16818093074883268782


〈他のお話しもいかがでしょうか?〉

勇者召喚された魔王様は王太子に攻略されそうです〜喚ばれた先は多夫多妻のトンデモない異世界でした〜

https://kakuyomu.jp/works/16817330660778992634


生贄奴隷の成り上がり〜堕ちた神に捧げられる運命は職業上書きで回避します〜

https://kakuyomu.jp/works/16817330666712685959

***********


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る