3-11.おばあちゃん
あたしは、つい最近思い出した煩悩を鎮めるとっておきの方法――般若心経――を心のなかで一心に唱えながら、気絶と出血を回避する。
「レーシア……驚かせて悪かったな」
(はい。めちゃくちゃ驚きましたよ、ライース兄様。いきなりあんな悩殺表情はやめてください)
難しい顔で黙ってしまったあたしを、ライース兄様が心配する。
「お祖母様のことは心配だろうが、きっと、デイラル先生がすぐに駆けつけて、助けてくださる。だから、そんなに怖い顔をしちゃだめだぞ。可愛い顔が台無しだ」
「…………」
デイラル先生は駆けつけるんじゃなくて、カルティに引っ張ってこられるんだろうけど……。
****
屋敷に戻ったライース兄様は、そのままお祖母様の部屋に直行する。
「マイヤ……お祖母様のご様子は?」
ふくよかな体型のメイド長は、悲しみに沈んだ顔で首を左右に振る。
ライース兄様はあたしを降ろすと、あたしの手を繋いでお祖母様の寝台へと歩いていった。
「お祖母様。大丈夫ですか?」
「お祖母様!」
ライース兄様が寝台の側に身をかがめ、手を取って脈を測ったり、首筋に手を当てたりと……お祖母様の容態を確認している。
あたしはその隣で、お祖母様の様子を伺う。
お祖母様の表情は堅い。
苦しんで喘いでいるとかではなく、目を閉じ、ぴくりとも動かない。
まるで彫像のように固まっている。
顔色はとても悪い。蒼白で血の気が全く無い。
静かだ。
静かすぎる。
生命の気配が全く感じられなかった。
(――――!)
今頃になって、あたしの身体をいいようのない戦慄が突き抜け、身体が小刻みに震えだした。
ゲームのキャラクターが死ぬ、ではなく、あたしの身近な人に死の影が迫っているという恐怖をはじめて体感する。
いや、前世での記憶が不意に蘇って、今の私の記憶と重なったのだ。
お祖母様。
(ううん……おばあちゃん!)
前世であたしを可愛がってくれていた……母方の祖母の顔が、ぼんやりと浮かぶ。
やっぱり名前はわからず『おばあちゃん』でしかないけど、あたしにとってもやさしかったおばあちゃんが、病気で入院して、そのまま亡くなってしまったときの情報が、あたしの中で唐突に蘇る。
この世界に神様が……運営の意思が働いているのなら、なんて意地悪で悪質な世界なんだろう。
なんで、こんなときに、思い出す……いや、こうならないと思い出せないのか!
おばあちゃんが亡くなったのは……前世のあたしがまだまだ新人だった頃。時間のやりくりもよくわからなくて、仕事も忙しくて、自分のことでいっぱい、いっぱいだった時期だ。
お見舞いに行くこともできず、というか、まさか、そんなに重い病気だとは思っていなくて、あたしは看取ることができなかった。
お通夜にも間に合わず、なんとか、葬式には参列できた……。
最後におばあちゃんに会ったのは、大学合格の報告……だったような気がする。
「お、お祖母様!」
全身を駆け巡る恐怖を押し殺したくて、あたしは声をはりあげる。
おばあちゃんとお祖母様は全くの別人だ。
だけど、サディリア・アドルミデーラは間違いなく、あたしの祖母だ。ゲームのキャラクターではない。
ちゃんと生きた……(まだ生きている)この世界の人間だ。
以前からお祖母様は体調を崩しがちだった。年齢的なこともあるから、仕方がないかも知れない。
特にここ数日は食欲もなかったようで、お祖母様は気分が優れないといって、食堂には現れず、室内で済まされることもあった。
デイラル先生の診察が、3日に1回と頻度が落ちたということも関係しているのだろうか。
ライース兄様と一緒にお見舞いもした。
プライドの高いお祖母様は、あたしたちの前では強がっていたんだろう。
どんなに辛くても、キリリとした表情を崩さず、背筋をぴっしっと伸ばし、毅然と構えていたお祖母様。
それでも、爺やをはじめとする屋敷の使用人たちは、薄々、今日のような日がくるのを予測しながらお祖母様に仕えていたのだろう。
お祖母様のことだから、このような日がくることを、前々から使用人たちには伝えていたのかもしれない。
使用人たちの顔色は悪いが、慌てることなく、淡々と己の勤めを果たそうとしているのがわかる。
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