3-12.領主の書斎

 お祖母様はちょっと怖いし、マナーには煩い。まだ幼いフレーシアは、お祖母様の威圧に苦手意識を持ち、とても恐れていた。


 だけど、今は違う。

 前世を思い出して精神年齢トータル三十路になった今のあたしならば、大人としてだけでなく、ゲームプレイヤー目線から、お祖母様の素晴らしさや厳しさの中に隠された優しさがわかる。


 それに加えて、入院したときに会えなかったおばあちゃんの姿と、いまのお祖母様の姿が重なってもいるんだろう。


「大丈夫だ。レーシア。お祖母様は大丈夫だ」

「……でも……」


 ライース兄様がそっと、あたしの両肩に手を置く。とても暖かくて、大きな手が、あたしを励ましてくれる。


 だけど、お祖母様は、そんなふうには見えない。どう見ても、大丈夫そうには見えない。

 みんな口にはださないけど、そう思っているにちがいない。


 あたしの目から涙がポロポロとこぼれ落ちる。

 このままだと……まちがいなく、お祖母様はゲームのシナリオどおりに死んでしまう。

 

「レーシア、お祖母様のことはマイヤたちに任せて、おれの部屋に行こうか」


 ライース兄様はいつでも、どんなときでも……いや、たまには怖いときもあるけど……優しい。ゲーム設定よりも、かなり優しくて甘々になっている。


 泣きじゃくるあたしを、ライース兄様は、優しく抱き上げてくれる。

 お祖母様の部屋を退出し、廊下を移動している間、あたしはなにも言えず、ライース兄様に抱かれたまま泣きじゃくるだけだった。


(お祖母様が死んじゃう。死んでしまう。どうしたらいいの!)


 情報が……必要な情報があまりにも少なすぎる。


 やっぱり、シークレットエピソードは終わっていなかったのだ。

 約一か月のズレがあったものの、ストーリーがついに動きだしたのだ。


 覚悟はしていたつもりだった。

 その準備をコツコツしていたつもりだったのに、いざ、ストーリーに直面すると、あたしはどうしたらいいのかわからない。


 あたしは強く唇を噛みしめる。

 口の中にじわりと鉄の味が広がる。

 悔しくて、悔しくてたまらない。


 ライース兄様の手があたしの頭の上に置かれ、優しく撫でてくれる。

 だけど、あたしを撫でるライース兄様の優しい手は、かすかに震えていた。


 ****


 気がつけば、ライース兄様が執務で使用している部屋にあたしはいた。


 ここは領主が滞在中に使用する書斎らしい。なので、執務に必要な道具や資料一式が揃っているようだ。

 保養地にきてまで執務とは、領主って大変なお仕事なんだな、とあたしは思った。


 大貴族が使用するにふさわしい、年代物の立派な家具や重厚な内装が部屋を飾り立て、室内を重々しいものにしていた。

 書棚には豪華な装丁の本がびっしりと並んでいる。反対側の壁にはマグノーリア王国の広域地図や、アドルミデーラ領の領内地図が貼られていた。


 部屋の奥には大きな執務机がある。そして、机の上には多くの書類が積み上がっていた。


 たくさんの書類や手紙の束があるのだが、それほど乱雑な雰囲気はない。

 文句のつけようがないくらい、ファンタジーアニメでよく見る書斎らしい書斎だった。


 部屋に連れてこられたあたしは、執務机の前にあるふっかふっかソファに座らされる。

 ソファとセットになっている応接テーブルの上には、ガラス製の小さな蓋付きの壺があり、ライース兄様は壺の中からオレンジ色の小さな透明な玉――キャンディー――をひと粒とりだすと、泣いていたあたしの口の中にぽいと入れる。


 口の中に柑橘系のさわやかな香りと、甘い味がいっぱいに広がる。


 涙が止まり、口の中でキャンディーを転がしはじめたあたしの姿を見て、ライース兄様はほっとしたような笑顔を浮かべる。


 飴玉ひとつで泣き止む安い女……とみられてしまった。

 悔しいが、事実なので、あたしはおとなしくキャンディーを口の中で転がす。


 「レーシア、少しだけここで待っていてくれるかな?」


 ライース兄様は執務机に座る。

 そして、ペンと紙を用意すると、ものすごい勢いでなにやら書き始めた。

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